FC2ブログ

アメブロに引っ越しました

いろいろ理由がありまして、8年間ブログを書いていたFC2より、アメーバブログに乗り換えました。

今後は以下をご覧いただけますようお願い申し上げます。

おいしい果実ができるまでhttps://ameblo.jp/nishikifruitstore/


理由は主に
1、SSL対策に待たされ続けている(しばらくお待ちくださいのままなんです)
2、企業によってFC2は閲覧できないことになっている(アダルトサイトが多いらしいです)





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ともだち

「ともだちが、よく来るよねえ」

と熊本のともだちによく言われます。
そうかなあ~。そんなにしょっちゅうじゃないよ、と答えるけど、
お友達が遠いところからへんぴな場所にある我が家にわざわざ来てくれるのは、
最高のプレゼントです。

ありがたくてうれしくて、くーちゃんなみにわんわんわんわん!
いっしょにいる時間が楽しくてうれしくて、帰る時間が近づくと、いやだ、帰らないでずっといて! 言葉に出さないけど、子どものようにずんずん暗くなってしまいます。


今回来てくれたのは
20代の初めに出会い、週に何度も飲みにいったり徹夜でチケットぴあに並んだり小劇場の暗がりでひざをくっつけるようにして芝居を見ていた若き日にがっつりと仲がよかった女子たち二名。

熊本の我が家に来てくれるのは初めてです。

「えみちゃんから結婚するって聞いたときは、農家なんて大丈夫なのか! ぜったい無理だろお~って思ったよね」

えー、そお? 

「東京とかニューヨークとか都会と都会的なものが好きなんだと思ってたし。自然とかってぜんぜん似合わなーい」

そ、そうなんだ。

「だっていっつも家にいないし~~、いっつもヒラヒラヒラヒラあっちこっちいってたでしょお。えみちゃん、東京にいないよ、ってしょっちゅうだったもーん」

いわれてみれば、そうだったかもね。


数えてみたらあっというまに30年超えてしまったけれど、
父親が泣いてとめるのも聞かずに、東京に移住してすぐの頃から、
いつも心配しながら見守ってくれていた母親目線の友人たち。


うんと年長者からされるみたいに心配される自分の立ちイチは、
今から思うとなんて幸せモノだったのかと思いますが、そういうのが理解できない私は、
「どうしてそんなふうに思うかなあ、大丈夫よ」と口うるさい母親に反抗する女子高校生のようでありました。


「えみちゃんは自分のことをふつうだと思っているようだけど、ぜんぜんふつうじゃないから。
私たちのほうが変わってると思ってるよね。違うんだよ。変わってるのは、こっちじゃなくて、そっち」


「そういうことばかり言われてますよ。この性格で事故事件にあわずここまでこれてるんだから、よほど運がいいんだとか、守護神さまだったか何神さまだかにものすごく守られているからだ、とかよく仕事してたカメラマンから真顔で言われたし」


「あのころのえみちゃん、みーんなの懐にきゅうって入っていってた。えみちゃんは覚えてなくても、相手は今でもえみちゃんのこと覚えてると思うよ。ふつうはこれだけ無防備にひとの懐にはいっていくと、大怪我したりするんだから。警戒心というものがなさすぎ」


「そうなのかなあ。この人おもしろいって思ったら、話しかけるだけよ。
話して相手がうんとおもしろい人だったら、飲みにいきましょう、と言ったりするからイロコイか?って誤解されたことも数知れずあるけど今も基本かわってないなあ。そういうことは普通じゃないんですよ、って最近も言われたけど。
基本にあるのは好奇心だけなんだわ。相手が偉いヒトとかガイジンとか男か女か関係なくて。
うちにくるか、といわれて、つついていったこと何回かあるけど、困ったことになったことないし」


わたしにとってのおもしろいって、変わり者、へんくつ、純粋に(儲けに関係なく)何かを追求している人であることが多いけど、それはあとでわかることで、私が話しかけたホームレスみたいに見えた外見のひとが実は日本でも一冊まるごと特集が組まれるようなアーチストだったとか(アトリエに招待されてやっと知った)、知る人ぞ知る異端の医者だった(私は知らなかったが友人たちが知っていた)とか、よくあるんです。
じまんぽいから人に言ったことないけど。


「初めて会ったその日に結婚を決めるなんて、だよ。あなたはパッションのヒトだから、そういうのわかるけど、わけるけどさあ、ネットで出会ったんだから慎重に、●●(べつの友人)みたいに何年か時間かけてって思わないのかなあって」


「でもねえ最初のコンタクトでわかるんだよ。私だけじゃないと思うけどさ。わかってることがわかってない時代が長かったけど、もう、自分がわかってることがわかってるから」


誰の懐にも入っていくわけじゃないんです。
誰もが公開してはばからず覆いもなく開陳してくれている本質に、耳をすませてます。


本質とは、年をとっても、どんなに時代が変わっても、変わらないもの。
付き合い期間ゼロでも、人となりについて知らないことだらけでも、
その情報があると不安になれませんでした。

だから3回目に会ったとき「もう入籍してもいいんじゃない」と彼にいわれ、「それもそうね」と入籍した早業を、「バンジージャンプみたいな結婚」と誰かにいわれたけど、ほんとはそうじゃないのでした。


「結婚相手を選ぶときに私にとって必要な情報って何なのか、最後までわからなかったよ。ネットで探すには条件が必要だからね。あえていえば人にぶつかったときに思わずチッて舌打ちする人なのか、ごめんなさい、ってすぐ口に出る人なのか、ってとこは重要だと思ってたけど、それを条件にして探すの無理だもんね。人が見てないときに出てくるものだから」


だけどわたしの方法だとそういうことが、わかってるかわかってないか本人にわからないうちにわかるんですね。



「やさしいご主人さまでよかったね」



「ほんとにね。でも、こんなに優しい男と結婚しているなんて最近まで知らなかったよ」


渓流が脇を流れる森の中の道を歩いているとき、ともだちにいいました。


「わたし、かれと結婚できたことは奇跡だと思ってるの」



うん。ほんとうに。奇跡。


それと。
言わなかったけど。
30年以上前に、東京に行ってすぐの頃に彼らに出会えたこと、
危険なことや悲しい目にあわないように昔も今も心配してくれるやさしい彼らに出会えたことも、奇跡。



「えみちゃんがしあわせでいるのを見れてよかったよ」



といい残して帰っていくので泣きそうになりました。




私たち夫婦みたいな味がする、といわれたブドウ、まだご注文いただけます。
いまだとミックスに「瀬戸ジャイアンツ」か「シャインマスカット」入ってる可能性大。
錦自然農園フルーツストア

桃の花見ランチと落語の会

昨日友人とマクロビオティックの料理教室にいき、帰りに温泉にいくという
ラブリーな一日を過ごしました。

ごはんはおいしく、温泉もおいしく、初めていった古いひなびた温泉では
古いジャズが全館に流れている。
いい日でした。

人に恵まれているありがたみを感じることがとても多い、
「ギブ」と「テイク」の量は、圧倒的にテイクが多すぎる申し訳ない人生ですが
先日、友人二人からもらったプレゼントは、感謝してもしきれないものでした。

それは何かというと、
がんを自力で治した人たちのエピソードまんさいの
「いのちの田圃」のバックナンバー、数十冊分と自然治癒の本。

世間やマスコミで、「奇跡 の」と枕詞をつけられるような事例が
やまほど紹介されている雑誌が「いのちの田圃」。
何回も紹介している「ガンの患者学研究所」の発行です。

それにしても、自分で病気を治した例がこれだけたくさんあると、
もはや奇跡でもなんでもなく、
病気を自分で治すというチャレンジができる人がラッキー。
まるでおもしろいゲームみたい。やってみたくなってくるというものです。

治った人たちの症例は、実名で、顔写真つきで、紹介されています。

印象的なエピソードを紹介します。


【1】19歳で足を切断?

骨肉腫。足を付けねから切断しないと命はない、と医者にいわれたが、
切断しないで手術してくれる医師を両親が探しだし、漢方薬と食事と筋トレで西洋医学による治療はうけず
「異常なし」と診断されるまでに。

マンガの「リアル」で骨肉腫で足を切断する少年がでてきますが、
この状況で切断しないで治療してくれる医者を探しだすご両親がすばらしいですね。
あきらめちゃいけないですね。

【2】外に飛び出した乳がん

赤やピンクの突起になって外に飛び出すまでに進行した乳がんを
「あなたと健康」(東城百合子さん主宰)で学んだ里芋パスタと食事だけで治したそう。
ある日、胸の表面にひょろりとでてきたものを
つまんでみたらスポンと中のものが抜けでてきて、その1年後全快。


【3】顔のがんの女性

耳下の悪性腫瘍で、顔に大きな傷を残す手術をしなければ、「こぶとり爺さん」のようになる
と医者にいわれたが手術を拒否。

人に教えられた写経の道場で10日間合宿しているうちに、
小学校のときから今にいたるまで自分がしてきた悪いことへの
反省が自動的にわきあがり、涙が止まらないという体験を重ねるうち、「治った」と実感する瞬間をもつ。

10日後迎えにきた夫に「がんはもう治った」と宣言。
その後何も治療せず、2年後に検査すると、異常ないことが確認された。

【4】人工肛門と人工膀胱

膀胱がんのクラスⅴで膀胱と肛門を人工にしなければ余命半年といわれたが、手術と治療を拒否。
朝5時に起きて、自宅近くの公園の百段の階段を50回往復、腕立てふせ50回を毎日のギムにし、
加えて食事療法。
半年後に職場復帰、1年後完全にがんが消失していることを確認。

【5】四期の肺がん

食事療法とびわの葉温灸、運動療法、薬草茶、アポイダンなどのサプリメントを摂取。
二年後、がんの消失を確認。医者が驚いて学会に発表するといったそう。

【6】末期のすい臓がん

余命3週間といわれモルヒネを打ちながら痛みに耐えていたが、
ほとんど足が上がらないレベルから歩くことをはじめ、じょじょに距離をのばし、
食べられるようになり、ついに快癒。それから19年以上生きた(その後は不明)


こういう話を読みながら、
足湯とびわの葉温灸と温泉と玄米菜食と散歩をしております。
足湯は水素水でビワの葉を煮出したエキスいり。

仕事は申し訳ないですがまったくしてないです。
メールのお返事もだんな様がやってます。

アタマはまったく使わず、天使モードで遊んでいるツマですが、

3月28日水曜の午後11時30分スタートで
錦自然農園にて

桃の花見ランチと落語の会

をやることが決まりました。

落語をしてくださるのは、
和歌山の紀ノ川市で自然栽培で米(一部は自然農で)と、桃、みかんを作っている
かたやま農園の片山さん
(★以前片山さんのことをかいたブログはこれ

自然栽培のこと、自然療法のこと、落語のこと、
おしゃべりしましょう。
花といっしょにランチしましょう。
一品もちよりで。
車の関係で、人数把握したいので、来てくれる方はあらかじめお知らせください。

片山さんが来てくれることになったそもそものいきさつは、

大学で落語研究会だった片山さんに、
「何か笑える落語おしえてください」とメールしたら、
「僕がいきましょうか」
と言ってくださった!!

ああ、またまたもらいすぎの人生をしてしまいます。
ありがたく受け取らせていただきまーす。



水曜締切の野菜セット、おいしい米、お茶などなど
錦自然農園フルーツストア




「お米に黒い粒が混じっています」

Yuji_kome2.jpg
写真はこの記事にはなんの関係もない、水上村の加藤さんのたんぼ。意図したわけではないのにハート型になってます。


「お米に黒いものがかなり混じっているのですが」
というお声を、新堀さんの有機米を購入された方から、いただいております。

販売サイトのほうに書いておりますが、
黒い部分はカメムシが食害したところです。

新堀さんの自然栽培米のほうには、ほとんど出ないのですが、
肥料を使うほうにはカメムシが出ています。

黒い部分を人間が食べることに問題はありません。
私たちは普通に食べますが、お米を研ぐときに、ときに気になると取り除けます。
とはいえ、慣れてしまい、ほとんど気にしていませんでした。

涼しい高地などでは虫の発生は全体的に少ない傾向があります。

新堀さんの田んぼにほど近い、小川さんのお米に黒いのが出ないのは、
かめむしが出ないからではなく、
高価な機械を購入して、黒いのをはじいているからです。
色で黒と白を見分け、選別する機械があります。

小川さんは「がんばって買いました」とのことですが、
一般的な、小さな農家は、黒いのをはじく(選別する)機械は高価すぎて買えないんだそうです。

販売サイトのほうにも以下のように書いています。

「今年は、全国のいたるところで、秋の高温と多雨によってカメムシ被害が 多くなっていることが報告されているそうですが、
新堀さんの田んぼも、その被害を受けています。
カメムシが食害したところは黒くなりますが、食べても害はありません。普通に私どもも生産者も食べています。
農協など大規模なところでは、黒くなっている部分を色センサーで取り除きますが
小規模農家で、それをしているところは大変少なく、ご理解をいただけますと幸いです。 」

農家によっては、

「黒い米が混じるのは、
近年の高温化で虫が増えているなかでは、どうしようもないことで、
無農薬で米を作っている証のようなものだ」

と言うヒトもありました。

農薬を使うかどうかよりも、カメムシが発生する地域かどうかの違いもあり、
黒いのが混じるのが無農薬ならでは、ということは、もちろん、いえません。

「農薬使っているところにカメムシが多くでるって言われるね」

という、また違う米農家の発言もありました。

いずれにしても、米を作る人たちの多くが、近年の高温化に少なからぬ被害を受けています。
米の生産地としては、夏と秋に、日本全体が熱くなりすぎているともいわれます。


というわけで、黒い粒が少々混じるのですが、
新堀さんのお米は、おいしいというお声も多く、有機米のほうはただいまお試しセールでお安くなっております。
どうぞ、よろしかったら召し上がってみてください。
このサイトで買えますよん。
http://www.fruitshop.jp/SHOP/958402/list.html


そして、黒い粒がまったくといっていいほど混じらない小川さんのお米は、
田んぼにカメムシが出ないから、ではなく、
「カメムシの食害で黒いのがいやだ」という食べる人の声を受けて、
購入された「米を選別する機械」のおかげだということ、キモに命じます。

このたび、

黒いお米がなんで小川さんの米には出ないんだろう?

と初めて疑問に思って、初めてたずねてみて、やっと知りました。

お客様からメールをいただいたことで、いろいろ勉強させていただきました。

ありがとうございます。



オーガニックなおいしいものがいっぱいそろってます。
錦自然農園フルーツストア


ピンチにおびえないこと

2017Nov1_kikuimo.jpg
菊芋です。



十年ほど前に、上海に雑誌の取材で行ったときのことです。

タクシーが宿泊するホテルにつき、編集者やカメラマンの仕事に必要な大量の荷物を下ろし終わったあとで、
自分の小さなバッグだけそこにないことに気付きました。

以下はそのときのことを当時書いたもの。
のちに「マインドフルネス」と呼ばれるようになったヴィパッサナー(瞑想)に出会って十年が過ぎたころでした。
長いですが、よかったら。

>>>


「タクシーの中ですかね?」編集者が目を丸くして言った。
門に目をむけると、乗っていたタクシーがいままさに門を抜けていくところだった。
「わからない」
答えながらその失われたバッグのなかに、パスポートも財布も入っていることを考えていた。
日本と違ってレシートには、タクシー会社の連絡先が印刷されていない。
追跡は不可能。
最初に考えたのは、
1、パスポートの再発行までにかかる期日が出発日までに間に合うかどうかを確認すること、
2、クレジットカード会社に利用を止めるよう連絡すること

でもまずはチェックインを済ませよう。
チェックイン後に、タクシーに乗った場所にひとりでタクシーに乗って行ってみよう。
いま、私できることはひとつしかない。
ホテルのレセプションでチェックインを待つ人びとの列に並んでいる間も、
ひとりでタクシーに乗って上海の街を走っている間も
「今の自分の頭にあること、心を占拠していること」を見続けること。

今、心にあるのは、「不安」。不安の元にあるのは「恐怖」。その下にあるのは「欲」。
なくしかけているものを数えあげ、恐れるのは、計算と欲があるからだ。

欲、欲、欲、と心の中で念じた。ラベリングした。
すぐに、気分が変わった。
現時点で私が怖がることはなにもない、まだ何も起こっていない、という気持ちが波紋のように心に広がっていった。

最初の驚きは、衝撃のように身体に痛みを投げかけていたのだが、それがそのとき完全になくなった。
今の私の状況は、「最悪」と名づけられるものではない。
クレジットカードによって損害をこうむることは、ただの「欲」の範疇のこと。
決めた。
自分のなかの葛藤に火をつけない。葛藤に油を注がない。

それでも、ふと気を緩めると、さまざまに想像したい気持ちが頭をもたげる。
もたげているそれは、不安に身を任せたい欲だ。すかさず見る。それを見る。
出るわ出るわ、欲と不安。
もぐら叩きのゲームのように、出てくる感情を見る、見る、見る・・・
これをし続けた。

一人でタクシーに乗った場所に戻ってみたが、私のバッグはなかった。
ホテルに戻るや、フロントデスクに向かい、神妙そうに聞いてくれたスタッフに、何かあったら連絡をくれるように頼み、私の部屋番号を控えてもらった。

取材スタッフの皆が待つダイニングへ行き、昼の食事をはじめたが、
食事の最中も、ときどき思い出したように不安が心に浮上した。
食べながら、人の話に微笑みながら、私は続けた。
心に不安の気配を感じたら、すぐにその不安を見る。
それを何度も何度も繰り返していた。
すると、いつしか、根拠もないのに
「だいじょうぶ、わたしは今この瞬間にいればいい。心配しなくていい」
いう気持ちが太く、強く私の心をしめているのに気づいた。
クレジットカードを止めるのを急がないと決めた。
スタッフは皆、急いでそれをすることを私に勧めたけれど。

発覚から約3時間たって、編集者の携帯電話がなった。
タクシーの運転手がホテルのフロントにバッグを届けに来てくれたことを知らせるフロントからの電話だった。
こみ上げる安堵のなかで、私の心は不思議と平静で、小躍りして喜ぶような気持ちにはなっていなかった。

瞑想をはじめる前の私だったら、こんな事態に遭遇したら身も心も不安に打ち負かされただろう。
目を吊り上げてすぐにクレジットカードを止め、領事館に電話しただろう。
落ち着くこと。盗まれても、それは最悪じゃない、と覚悟することができたのは、瞑想のおかげだ。
瞑想は、座って目をつぶるという意味ではない。今、自分の中にあるものを見続けることだ。
自分の中をみれば、困っている私の中には、不安も、欲も、怒りもある。
それはたいそうなことのような顔をしているが、実態のない幻想だ。

幻想を相手にして、心のエネルギーを消耗する必要はない。
辛い感情が心を締め付ける瞬間は、生きていれば、いくらでも起こる。
いつも最初は、ドーンという衝撃がくる。
瞬間的に、そのいやな現実を受け入れたくなんかないという抵抗が、心にわきあがる。
受け入れられない心が「緊急パニックボタン」に指を伸ばそうとする。
さああわてろ、さあいきどおれ、さあ絶望しろ、お前にはそうする権利があるんだ
とばかりに心が「仁王立ち」しかける……。
この瞬間、自分の内側を見る。
心臓のあたりが圧迫されているような感じが自覚されたなら、それを「感じ」「感じ」とラベリングする。
呼吸が浅くなって苦しいなら、「苦しみ」「苦しみ」とラベリングする。
頭が空白になるほどのショックを受けているなら、「驚いている」または「驚き」。

そんな余裕がないときだって、事件に圧倒されている肉体の感覚を「感じ」「感じ」とラベリングすることはできた。
そうしたサティがどうにかできると、心が少し落ち着く。
陥ってしまったとんでもない状況への怒りがあるなら、「怒り」「怒り」。
倒れこみ突っ伏したいという欲望があるなら「欲」「欲」。
サティなんかしたくない、私はいま痛烈にショックなのだ! 
との思いがわきあがるなら、そこには「そんなことしたくない」という願望と怒りがあるのだから、
それを見て「欲」「怒り」と念じる。

そのように自分の感情としらみつぶしに向き合っていくと、荒れ狂っていた心が元の秩序を取り戻していくのがわかる。
不思議なことに、気分を持ち直すのに時間はかからない。
気持ちが少し落ち着いたら、情報の不足を補いたくて、推量したい気持ちがわきあがるが、
推量したい欲望を「欲」と見ると、走り出そうとしていた心が止まる。
情報量は変わらなくても、最初よりは必ず楽になる。

ここまできたら、何をいまするべきかを考えることができる。
するべきことがあるなら、それに着手する。
何もないなら何もしない。

自分の気持ちを見続ける。
サティする。
サティさえできれば、心配することも、悪い予想をたてることもできないから、それ以上心を痛めることができない。
むだにエネルギーを浪費できない。
ネガティブなエネルギーに飲み込まれさえしなければ、多くの場合、状況は悪くならない。
なんとか状況を好転させたいという燃えるような欲や執着を手放し、
「最悪が起こっても、私は何も損なわれない」
と気付くことができたら、たいていの恐ろしいものは、
「そういうこともありましたかね」レベルのことになってしまう。

習慣と癖がつくった自動的な情動の流れがはじまろうとしている、と気づいたらそれを見ればいい。
感情に押し流されて、パニックに打ち震えるのは、ただの癖に過ぎない
そうとわかれば、わかった瞬間、流れが変わる。



★★夫から「きみが感情的にならないのが腹立たしい」的なことをいわれます。
感情的にならないわけじゃないけど、あまりそれでどうこうしなくなったかな
それはこういうプロセスをする習慣をつけてしまったせいか?
最近はしませんけど




無農薬の野菜、米、小豆、石臼挽きのそば粉、コチュジャンなどなどは

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