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オーガニックな人のがん治療

2014Dec29_2.jpg
キムチの味はそのときの素材で変わります。
野菜や唐辛子の収穫時期によってみずみずしさや質が変わり、できあがりの味の違いを生みます。



キムチを作り始めました。

こういう日を迎えられるとは今年の前半はまったく思いませんでした。
今日より体重が9キロ少なかったころ。

なんでそんなにも痩せていたのか。
それは病院にいかなかったから。

たいていのがんには自覚症状がありません。
自覚症状はじょじょにゆっくりと出てきて、途中からスピードをあげていき、生活がしにくくなり、あげく寝ている時間が一日のほとんどという状況になっていく。

ああやばいなあ、と思うものの自分の信念を手放したら、心も体も空中分解してしまいそう。
がんばれわたし。みんなもがんばっている・・・。

この「じょじょに悪くなる」の時期、普通の人は病院にいき、早期に治療を開始します。

再発の場合、初発(原発・最初にみつかるがん)と比べて、大急ぎで治療を開始するかどうかで生存率が変わることはないそうですが、ある臨界点を超えると「遅すぎる」ということになります。

素人にも玄人にも、どこが臨界点だったか、過ぎてみないとわかりません。
がんの治療は、なんにせよ、急ぐにこしたことはない。ゆっくりしている時間はないというのが事実であります。

ところが。
私たち夫婦のように、ねっこがスピリチュアル系で、生活と仕事がオーガニック系だと、ことは面倒になります。

もともと、化学物質を人並みよりうんと少なくしかとってこなかった。
薬はほとんど飲んでこなかった。

ネットを回遊する日々が始まります。
人からの情報もどんどんはいってきます。

断食がいいとか、モリンガがいいとか、重曹がいいとか、米はやめろとか、玄米を食べろとか、びわの葉温灸でがんを治した人がいるとか、心理療法でがんは治るらしいとか・・・・・・・

根っこがスピリチュアル系で、生活と人生がオーガニックに傾斜している人はここで、
人生をかけたチャンレジをしたくなってきます。
これで治ったら私も●●さんのように講演活動をして仕事にできるかもしれないとか。思う。
講演までしなくても、自分の治った経験をいつかだれかに、私の場合は特に農園のお客さんにしてあげたい、と思う。
ここに書かれている「奇跡」な話が自分にも起こればいいなと思う。

わりと簡単にチャレンジの火がつくのは、ネットなどにあふれる「●●でがんが消えた」情報がじつに多彩に、山盛りに、無限とみえるほどたくさんあるから。

この時点で、チャレンジャーたちはまだ知りません。
「●●で治った」人の大部分は、病院で標準治療も受けているのに、病院治療を受けた部分が情報から意図的に削られていることを。

「病院の標準治療を受けたうえで、自分の力でがんを治そう」という啓もう活動をしている杉浦貴之さん(雑誌「メッセンジャー」主宰)のような人もいるのですが、

「病院治療なんてとんでもない。肉食、白米とんでもない。玄米菜食しなければがん患者に未来はない」という「がんの患者学研究会」のようなところもあり、ネット情報の多くはこちらに沿っています。

私も「がんの患者学研究所」におおいに励まされ、無治療の道を突き進む原動力にさせてもらっていましたが、
結果はどんどん悪化していくだけでした。

体重が減り続けて、歩くのが難儀になっていき、寝ている時間が長くなっていく自分。
毎日少しずつ少しずつ死に近づいていく自分をひとりでみつめている時間というのは、つらいものです。

病院にいくのは、負け、のような気がする。
がんは、自然療法で治してこそおもしろい。
おもしろいというのが、どこまでも重要な人がいるのです。私?

それでも痛みさえなければ、死ぬまで、この方法を続けたと思いますが、
私の場合、ラッキーなことに痛みが早い時期から始まった。

耐え難い痛みのおかげで、
病院に行き、緩和治療だけは受けようと思うにいたり、
緩和治療と同時期に、ネットで出会った医者に質問をしては返事をもらう、その繰り返しをしているうちに、

「抗がん剤治療を受けてみよう」

と心がスイッチを入れたのでした。
これが5月のはじめ。
あの、痩せてる有名女優はこんな体形だったのかと初めて知る「164センチ、43キロ」。 

薬の治療をはじめてからの変化は想像を軽く凌駕していました。

日がたつごと、月が変わるごとに、肉がついてきて、体がしっかりしていき、歩ける距離が長くなり、先月の10月に東京へ旅行し、一日じゅう歩いて、友人たちと大笑いする時間を重ね、夜は久しくなかったような「ドカン」と深い睡眠を毎日して、帰ってきた日は20時間くらい熟睡して、目が覚めたとき、「前と同じになった」と感じました。


薬の副作用を消す薬はさまざまに開発、販売されています。

私は強い薬を使わないといけないため、薬の副作用もさまざまに発現し、その副作用のための薬も各種処方され日々服用しています。

しかし、ひとつだけ、どうしても副作用対策ができない副作用がありました。

それは何かというと、便秘。
これのおかげで9月末までは、一か月に数日寝込んでいました。
便秘で寝込むって、いったい何十日ためるのだ? と思うでしょうけど、
私の場合、便秘といってもとっても軽度なのです。
便秘の軽重のレベルは問題ではなく、便秘になるだけでものすごく苦しくなってしまうのでした。

脂汗を流し、夜通しうなりながら苦しむというレベルです。

それがあるとき、主治医が新たに薬を処方してくれまして、服用しはじめますと、苦痛がぴゃーーーっとふっとんでしまいました。
なんでこれを今まで処方しなかった! と最初は怒ったくらいです。

その薬は2017年に販売開始されたもの。
主治医はその薬のことを忘れていたのでしょうか。それとも探してみたら「あった」ということだったのか。
どっちなのかは今度聞いてみますが、いずれにしましても、
この薬の開発よりあとに、私にこの症状がやってきたことが、じつにラッキーでした。

薬の開発が日進月歩というのをリアルに感じる最近です。

私の「持病」は一生治らないのですけれど、悪くならないように薬で抑えておくことができていれば、いつの日か
新しい薬が登場して、私の運命を変えるかもしれません。

そんな病気は、世の中にやまほどあるようです。
去年までなら死ぬはずだった病気が、今年になって販売開始された薬のおかげで生き延びることができる。

老人が薬をやまほど処方されて薬づけになっているとかが、テレビでよく報道されるせいでしょうか。
薬の薬害で致命的な病気になり、製薬会社を訴えるシーンがニュース番組でみられるせいでしょうか。
薬の悪い面ばかりが日本では有名になり、薬嫌いを増やし続けています。

だけど、薬のいい面は悪い面の何百倍もあります。

十年前に、今と同じ病気になっていたら、とっくに私は死んでいました。
今ほど十年前はよい薬が開発されていなかったから。

十年前ならできなかったことが、科学技術が毎日進歩しているおかげで、
その積み上げのおかげで、
私が受けている薬が新薬として認められるにいたり、
私の手元に届けられ、
私はキムチを作れるくらいに元気になりました。


強い薬を受け入れるには、私の体がオーガニックすぎると信じていた私は、
食事療法や体を温めることや心理療法やビワの葉療法や、とにかくいろいろな方法をやっていましたけれど、
薬で得られたほどの効果はどの方法からも得ることができませんでした。


今になって主治医から「間に合ってよかった」といわれます。
初めて私の状態を示すCT画像を見て、「(こんなになるまで)よく我慢しましたね」と言われました。
もう少し遅かったら、最新の薬であっても効かなかったかもしれないのです。

がんはゆっくりと悪くなる、と信じられていますが、それはがん種によって違います。

手遅れになる前に、病院治療を始めてください。

オーガニックに信を置いている人ほど、
がんで病院治療を受けるのをいやがり、最終的に遅すぎる治療開始となり、
早すぎる終わりを迎えてしまうことが、私の周囲で続いております。


どこにも届かないかもしれないけれど、
届けばいいなと思いまして、今日も書きました。


キムチが作れるまでに元気になった。
病院治療を始める前より9キロも体重が増えた。

私の治療はなにもかも、まだ途上で治ったわけではないし、結論はなにもでていません。
が、
日本の病院では
こんなに最前線の治療を
こんなに安くやってくれる

ラッキーだなあ、ありがたいなという気持ちは、日々増すばかりです。

この気持ちを全部こめて、農園の商品をつくり、発送させていただいております。





キムチ、コチュジャン、新米、お茶、さつまいも、白菜などなどのご注文は
錦自然農園フルーツストア
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死のなにが悪いのか?

東京のゆかいな仲間たちレポート、まだ続きます☆

表参道のイタリアンレストランでお食事をしているとき、アートディレクターの友人が言いました。

「えみちゃんって『人生が体験取材』の人だったから、このがんも面白い流れにしてくれるんじゃないかって期待してるのよ」

私も言いました。

「そうなのよ。この際一回死んじゃって臨死体験レポートを書くために戻ってくるとか。生まれかわりは本当にありましたって、転生した二歳児になって書き手交代、とかね。そのとき著者は二人の名前になるのかな」

そこで一同大爆笑。

「あんまり早すぎると書く能力がないから、転生してからもうちょっと時間ほしいかもね」

と編集者の友人。
スピリチュアル方面に事情通のアートディレクターは、こんなことも言ってました。

「最近は生まれ変わりまでの時間が短くなってるんだって。近い場所に生まれ変わる人が増えているって話よ」

「ほう。そりゃいいね。みつけてもらいやすいってことね」と私。

「サンマ●ク出版の編集者が、本はまったく売れないけどスピリチュアルだけは売れてるからスピリチュアル企画があったら声かけてって言ってた」

とイラストレーターの友人。

「じゃ、そのときは企画提案よろしく。イラストも描いてね」

「もちろんよ!」


例のすぐ怒る“スピリチュアル有名人”の名前もここでは通じるので、爆笑につぐ爆笑でした。


こういう話ができる友人がいるのはとてもありがたいです。
そこにいた編集者とアートディレクターは、私のがんの再発がわかったとき、「毎日、定刻に●日間二人で祈るから」と連絡をくれました。何日だったか忘れてごめんなさい。

その時刻には必ず布団に入っているようにして、ふたりの送ってくれているものを受け取るように心がけました。

数か月後に流れを一転させる押川先生との出会いを得られたのも、そこに原因があったかもしれません。
今頃気が付いたけど、お礼を言うの忘れてました。

編集者の友人は6年ほど前に「天使」を送ってくれまして、私はそれを浮遊する丸い三つの光としてみました。
トンデモ話続出ですが、友人たちは出版不況のこのご時世にもいい仕事をしているすご腕さんたち。
離れて住んでいても私の元気の源であります。


でも、ですね。


今年になって、
とてもリアルに死を考えられる立場になってからのわたしは、考え方が少し違ってきたようです。

「臨死体験は睡眠時の夢を語っているだけかもしれない」
「生まれ変わりはないとは言い切れないけど、あるという証拠がない」

10代のときから奇妙な体験の宝庫みたいな私は、寝ているときに天井の木目を間近に見てしまったとか、真夜中に天井から光がさんさんと差し込んでくるのを見たとか、意識がちゃんとあるのに、これは前世の風景かも、と思わせる光景を見てしまったとか、あげればきりがないほどいろいろあるんですが・・・・
ミャンマー人の友人からリアルな生まれ変わり体験を聞いたこともありますが・・・・・


証拠がないことを、あいまいにしたまま、信じることができない、と思うようになりました。


人は自分の死をほんとうにはイメージできない、という説があります。
フロイトだったかな。

ベッドに横たわり死体となった私が、周囲に家族をはべらせている光景。
お葬式に飾られている自分の写真、その写真をみつめる黒いスーツ姿のおっとの顔。

そんなことを思い浮かべることができたとしても、それを見ている視点があるということが、私は自分の死をまだ認めていないことになる。

魂だかなんだか、無限につらなる「私」があると思っている。
というか、思いたがっている?


私の友人は男子中学生だったときに、父親の葬式で、
まだ親族しかいない時間に、葬儀会場で、
「お父さん、ここにいるんだったら、祭壇の右から5番目の菊を動かして」
といったのだとか。
すると、菊がかすかに揺れて、会場は阿鼻叫喚に包まれたそう。
「おじさんたちから、なに馬鹿なこと言うんだって怒られたんだけど、なんで怒るんだって中学生の俺は思ってた」


これをお父さんの魂だか霊だかの存在に結び付けるか、たまたまの偶然というかは、人それぞれですが、私は偶然だと思う。


人は全員死ぬ、ということを生きている人はみな知っているし、疑う余地はない。
だけど、死んだ先の情報は何ひとつ明らかではない。


A 宗教から信条ごとに答えをもらうか
B 物理的な知識から答えを得るか
C 哲学的に自力で答えに迫るか。

みなさんどれかを選んで、なんとなく納得しているから日常を生きている。
死に関してなんらかのイメージを持っているからお葬式にいったりできる。


私はどれを選んでいるのでしょうね。改めて考えるようになりました。
がんが「いい病気」だといわれるゆえんはここですね。
じっくりと、自分の死を迎える準備ができるところ。

誰もがそれをできるのに、リアルに死を感じられないために、先延ばしにし続ける人がほとんどではないかと思います。

言わせてもらうと、ずっと前から死に向き合う練習をしていました。
「二週間後に私の寿命がくることになっている」ときめて毎日を過ごす遊びはよくしました。
安易に人にいうと「うつ病?」って心配されますが、これはとってもおすすめです。
やってみれば、日々の充実度が変わるのがわかります。
私の葬式に私はいないわけですから、「これが最後のお別れなんだ」と思いながら
一人ひとりと会うわけです。そして別れるわけです。
何をされても、何を見ても、これが最後かもしれない思えばすべてがありがたい。


もともとヴィパッサナーをしていたことの影響は大きいと思います。
瞑想中、ここから先に行くのは怖い、とおびえるときがありました。
それはおそらく、死へ向かう怖さ。
自分が消える怖さ。
無限の宇宙に溶け込み消えて「自分」と信じたものがじつは何の実態もなかったと認める怖さ。
死ぬのなんか平気だと思いながら、やっぱり怖がっている自分を知るのはいいものです。
瞑想は死ぬ練習です。


人が死を恐れる理由は、ゼロになる恐怖かも。
これをごまかすために、宗教は物語をこしらえているのかもしれないと最近思います。


死は意識しようがしまいが、万人に訪れ、死にゆく順番も決まってないわけですから、誰もが死の練習または死に向き合う練習をしておくにこしたことはないと思いますが、人それぞれの考え方ですね。


再発がわかってまもなくアマゾンから入手した本は、トルストイの『イワン・イリッチの死』。
買いはしたけど長いこと読めなかった。怖くて。

思い込みで行動を決めるより、自分が思い込みしているのはなにかをわかりながら、『これを思い込むことにしよう』と決めている自分を自覚しながらいきたいですね。




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イチゴのご注文受付は来月からの予定です。
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おとなのためのがん教育 11月24日@田町

主治医の押川先生の東京でのセミナーの申し込みが今日までなのでおせっかいにも拡散します。

がんの予防ができるならするにこしたことはありません。
予防できる要因は、全要因の半分以下らしいですが(喫煙よりほかのところにもあるらしいです)
予防のために、聞きにいってみませんか。
二人に一人ががんになる時代。50歳過ぎたら急に増えてきます。
この一週間で私のところにがんによる訃報が二軒も飛び込んできました。
両方男性。40代と50代。
仕事ができない、出費が多い。こんなことがあれば十分人生かわりますからね、がんにはならないにこしたことはありません。
たった一日のセミナーが、ご家族におおいなる実りをもたらすかも。

>>>

11月24日(土)東京 田町で13時~18時に開催されるセミナー祭りの事前申
し込み〆切は本日10月30日まででしたが、明日10月31日まで、もう一日延
長します。
演題名は
「がんの防災・アクティブ緩和ケアが、あなたの人生を守る」
です。
健康に敏感な方はがん予防のために、かなり気をつけていると思われます。
しかし、巷で言われているがん予防のための数々の心がけの本当の意味は、
「予防できるがんの原因」の範囲内で言われているに過ぎないと知ってい
ましたか?
そして発がん要因のうち、予防できる原因の占める割合は半分以下という
ことを知っていますか?
実は発がんの最大の危険因子は〇〇なのです。(注:喫煙ではない)
これを意識せずして、がん予防を頑張ってもむなしいことになります。
予防に熱心な方でも、不幸にしてがんを発症した後どうすれば良いかとい
う事まで、事前準備できている人は、残念ながら少数です。
だれもが自分はがんになるはずがないと思っているためですし、縁起でも
ない話は最初から近づきたくないからです。
しかし日本人の二人に一人ががんになると言うことは、家族4人いたら、
そのうち2人は生涯がんを発症する可能性がかなり高いと言うことでもあ
ります。
それをわかっていながら、対策を取らないことは将来への借金を負ったま
ま過ごす事に等しいでしょう。
よって「がんの防災」という考え方が重要になってきます。
予防だけでなく、被災した後の被害拡大を防ぎ、復興まで含めた「防災」
の考え方が、今までのがん教育になかったことが不思議でしょうがないの
ですが、そこに「緩和ケア」の仕組みを入れ込んだのが「アクティブ緩和
ケア」です。
緩和ケアはがんを発症していなくても有効なことを知っていますか?
金銭よりはるかに重要な将来へ投資としての「大人のがん教育」を受けて
みてください。

さらに講演直後からおこなう一人10分1000円の個別セカンドオピニオンは、
すでに6人予約が入っており、あと2人のみ枠があります。下の方の申し込
みリンクよりご登録ください。
なお申し込みしても、登録完了メールが届かない方は、迷惑メール処理な
どで不達の可能性があります。
090-4517-5403宛にSMS(ショートメール)ください。

>>>
以上押川先生のメルマガより



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がん治療における統合医療の可能性?

「完全にいっちゃいました」

乳がんになった知人のその後のことを「元気かしら」と聞いたらこの返事。
いっちゃったって、いったいどこへ?
びっくりして体がついつい話し相手のほうにつめ寄ってしまいました。

「代替医療。統合医療? ●●(有名プロレスラー)が来ている・・・・ええーっと、名前忘れたな、けっこう高い金とる」

ああ、そっちか。
えーー?? ほんとに? ほんとにそっちにいっちゃったの???

「『もういい』んだって。『わたしの命はそこに預ける』って言って。抗がん剤、受けるのやめるって。そこの代表者は、医者でも何でもないんだけど。なんかよくわかんない団体なんだけど」

うーーーーー。言葉にならない言葉で頭のなかがいっぱいです。

その方はケトン食療法(糖質制限)で四期のがんを治療しようとしていたのですが、数ヶ月で急激に悪化して関西のあるクリニックから、『病院にいけ』と放り出されてしまいました。
そして、さてどうするか、となったときに相談をうけて、知っていることを伝え、一度は押川勝太郎先生のセカンドオピニオンライブに参加されて質問もしていたのに。
病院やめるのか。いったい、何があったのかなあ。

「会っちゃったらしいですよ。統合医療のそれをやっている人に」

会っちゃった? だったらそれはもう、仕方ないかも。
統合医療の団体は、魅力的な言葉と、気持ちよく言いくるめられる理論でおしてくるところが多い。
「強い副作用の可能性があり、それでも効果が出ない可能性が高く、5年生存率は0%です」
なんて病院がふつうに使う言葉はけして使わない。


先日東京に行ったときにも、友人とごはん食べているときに、「がんになったらどんな治療をするか」話になりました。

「統合医療がいいと思うのよね」

と言い出したのは編集者A。
彼女はお仕事の人脈で、有名ドクターや有名心理学者、有名ホリスティック医学翻訳者などなど、この分野の人たちと交流を深めつつあるようで、その言葉が出てきても驚きませんでした。

「統合医療ってなに?」と聞いたのはライターのB。私の書いているブログをけっこう精読してくれているそうで、がんとお金について、とくに目が開かれたと話してくれました。

「統合医療っていうのは、病院で受ける医療以外の医療すべてと思っていればいいのかな」と私。

がんについてしっかり勉強しているAが、

「最近は病院の医療も否定はしないみたいよ」

「そうそう。否定はしない。抗がん剤をはじめ標準医療を否定しないことで、このクリニックは偏ってない、という安心感を与えることがわかっているのか、そういうとこが増えている」

「問題がある病院もあるけど、ちゃんとしている先生の病院であれば大丈夫よね」

「それがそうでもなくて、本を何冊も出していて、いい人だと思われている医者で、とんでもない悪徳クリニックがあるよ。いいところもあるけど見極めがむずかしい」

「えーそうなの」

「ホームページ見ても、本を読んでも、言葉はきれいなの。抗がん剤は副作用でがんを増やすだけです、とか書いて病院治療を否定しているところでも、そうでないところでも同じ。
問題は治らない療法を、がん患者が最後のよりどころにして駆け込むことをいいことに、とんでもない値段をふっかけること。ふっかけても払う人がいるから、たいていは違法でもなんでもないけど。

なにが悪徳ってもう一ヶ月も余命はなかろうという患者にも、数百万円からひどいのは1500万円とかふっかけるんだって。それを患者は借金して払ったりするんだって。
遺族が訴訟を起こしたりして問題になっていることはNHKも特集してた。多くは免疫治療だけど、普通にどこのがん治療クリニックでもある温熱療法でもサプリメントでも、同じようにあとがない患者におどしをかけて金をふんだくるクリニックがいっぱい。

統合医療のクリニックで問題があるかどうかの見極めはすごく難しいと思う。
温熱療法とか酸素浴とかサプリメントとか食事療法とか、並んでいるもののリストを見て、こういうのがあったら悪徳とか、こういう言葉があったらやばいとかでは見きわめられない。

わかりやすくて明快な言葉を使うし、関係者はみんなすてきな笑顔だし、割烹着のスタッフがなごみのおもてなしをするクリニックもあるし、病院の冷たさとは正反対のイメージをブランディングしている」

Bが言いました。

「だけど、日本の標準医療は世界最高レベルなんだから、そんなとこいくことないでしょ」

「そのとおり。がんになる前はこんなすてきなこと発言しているドクターとともにがん治療をしていきたいと思ったって、実際がんになったら限度額といっても収入によっては十万円とか少なくとも五万円とか毎月病院に支払わないといけない。
長引けば一年で百万近く、運よく延命できれば数年で数百万。十年で家が買える。

これを払い続けて、なおも自由診療のクリニックに温熱療法とかサプリメントとか払える人はそうそういないよ。

基本的にお金持ち以外はクリニックでがん治療なんてできないの。
私たちビンボウ人は支払えない、というリミッターがあるから、ある意味幸せよ。
借金しても、貯金を全部使い果たしてもいいと考える人もいるから、ビンボウ人もいろいろだけど。
本当にかわいそうなのは、お金があるからいくらでも治療法を探せる人たち。
いろんなものを試して探して時間がたって、何も効果を出せないまま、死ぬ時期を迎えてしまう」

A「ああ、あの人やらあの人ね」

B「あの人もそうね」

私「あの人たちだけでなく、お金があればみんなすると思う。だから、あぶないのよ。統合医療とかをかかげているクリニックは。がん患者のそういう心理をくんでいくらでもありますよ、あきらめなくていいですよ、と治療メニューを次々ひろげてくれる」

B「病院治療よりもっといい治療があるっていう幻想をいだくのは、標準治療って言葉が悪いんじゃない? 標準とつけば、私はその上でお願いしますって言いたくなる。鮨みたいに特上お願いしますって」

私「すでに特上なのにね。アメリカではリコメンド(推奨)医療とかスタンダード(標準)医療とか言うらしいけど、日本に入ってくるときにスタンダードのほうが採用されたらしい。リコメンドならちょっと受け取りが違ったかも。

最近標準医療にちょっと偏見がある人が手術を医者から薦められているんだけど、ふんぎりがつかないと私に相談してきたの。
いろいろアドバイスをしたけど、もしもあなたと同じ状態の人が江戸時代に生きていて、手術できますよ、といわれたら大喜びで手術受けるね、って言ったの。私たちは現代の日本に生まれたから医療が受けられる。これってラッキーよね、と。日本に生まれたって70年前なら布団に寝てるほかなかったわけだし」

A「『JIN(仁)』か。あれはおもしろかった」

私「いまの時代に統合医療でも代替医療でも、これを受けることによるいちばんの不幸は、いつまでもあきらめられないことだと思う。まだまだ治る、わたしには可能性がある。そう思い続けることで、運命を受け入れられないまま死ぬのは、私はきついなあ」

A「保険を入院に厚くかけるのはどう?」

私「最近は入院日数がどんどん短くなっていく傾向があるし、入院より通院に厚い保険を探したほうがいいよ。うちのだんなさんはそうした。がん事情を知ってしまうと、保険をかけずにいられないみたい。
抗がん剤はまだ完治させるまではいかないまでも、生きてる時間を長くさせるには十分なくらい薬の開発が進んでいるらしいから、今後も必然的に長期にわたって通院する人が増えていくんじゃないかな」


忘れていましたが、私も統合医療の看板を掲げるクリニックのドクターからある療法についての話を聞いたことがあります。

典型的な統合医療のクリニックでした。
東京・銀座にあるそのクリニックのドクターはその分野の本をだしていて、私はその療法の名前を人から聞いたのです。
ネットでききかじっただけのことを、考えもなく、責任もとらず、がん患者に向けて広めている人から。

そのクリニックは地方に支店のようなクリニックをもっており、そこにだったら通える可能性があるかもと思いました。
いやたぶん、通えなかったでしょうが、その頃はほんとうに痛くって、情報に飢えておりました。

「何人の人がこれまで治ったのですか」と病院からかかってきた電話で質問しました。
「数字ははっきりできませんが、そんなにたくさんいません」というへんじでした。
「福岡にクリニックができるという話があるので、ここまできて受けなくてもいいかもしれません」
銀座の大先生ではなく、地方のドクターで、正直な人でした。

結局、福岡に施設ができたかどうか、確かめていません。
だってその一ヵ月後に受け始めた病院の標準治療(抗がん剤治療)で、
副作用がほとんどないのに、治療効果があり、痛みはなくなり、QOLは比べようもなく向上したのですから。


先日、東京でいっしょにごはんを食べたカメラマンのCさんが、
「25年前に悪性リンパ腫の3期だったが、抗がん剤治療を3ヶ月受けたらがんが消えた。それ以降再発もなし」
と教えてくれました。なんでもっと早く、一緒に仕事をしているときに教えてくれなかったかなあと思いました。
「抗がん剤しているときは味覚障害がひどくて何にも味がしなかった。もうそんなことすっかり忘れてラーメンばっか食ってるけど」
私が抗がん剤で苦しい思いをしているとき、「Cさんもがんばったんだから私も」と思えたかもしれないのにな。
がんサバイバーは、もっとその経験を周囲の人に語りましょう。

「副作用で死ぬだけだ」というデタラメだけが拡散されているのは不公平というもの。
正しくは、「副作用で死ぬ人もいれば、副作用の苦しみなんかすっかり忘れて人生を楽しんでいる人もいる」ですもんね。



◆◆統合医療とはなにか◆◆については、厚生労働省がとても親切でリアルに役立つサイトをつくっています。

「情報の見極め方」というタイトルのこのページなんか特にいいですね。

「分母を確かめよう」ですよね。これでがんが治った人がたくさんいます。といわれたら、そのたくさんは何人か? そして、何人の人が試して何人が効かなかったのかを明確にしましょう、ということです。

そんなこと質問したりしたら、先日のスピリチュアルな有名先生のように「そんなこと私に質問するなんて、あなたはレベルが低い。私を信じられないんですか」と怒り出す人もいるでしょう。そういう人の薦める治療法が効くわけないですよね。



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スピリチュアルな病気治し

4日間を東京で過ごして帰ってきました。

偶然というには偶然すぎるおもしろいことがいくつかありました。ひとつは、最終日。

おっとは銀座近くで店を開いている友人のとこで焼き鳥を食べたあとに、
わたしは中目黒界隈で昔から大好きな中華料理とバーに友人と行ったあとに、

いくつか電車を乗り換えて宿泊しているホテル最寄の駅で降りたのですが、
なんとおっとも、示し合わせたように同じ車両で帰ってきました。私は驚愕、おっとはぜんぜん驚いてない。
「よくあることだよ、こんなこと」。言われてみれば、そ、そうかもね。

私たちは自由に生きているようでじつは何らかのコントロール下で動いているのかもしれない。知らないだけで。


もひとつ。これは東京初日のこと。有名スピリチュアリストの先生に偶然お会いしました。

この方のことは東京を離れた2010年まではブログの更新を楽しみにしており、ファンといえたと思いますが、
だんだんブログに違和感をおぼえるようになり、ずいぶんお名前にごぶさたしておりました。

お店をお持ちとは存知ませんでした。
たまたまの通りすがりです。びっくりして店に入りました。

店で売っているある「モノ」は、スピリチュアル業界ではこの十年くらいでじょじょに認められているもの。
そのモノが病気治しにも推奨されていることを聞きかじっていました。
一行は私と友人とおっとの三人。
友人は買う気まんまんだったと後でしりました。
店にスタッフしかいなければ、おそらく十分以内で何かを買い、店をあとにしたと思いますが、
そこにオーナーである有名スピリチュアリストが入ってきて、流れが変わりました。

有名スピ先生は、親切にも並んでいる商品を手にして友人の頭に寄せたりしています。あらこれって実演販売?

「ほら、さっきとぜんぜん違うでしょう」
「ほんとだ!」

私も一応お追従したりして。


「これからは●●医学の時代です。そのうち病院行く人はいなくなります」

講演のようなおしゃべりも始まりました。なんとも贅沢です。

「●●医学って、波動の医学とはべつものですか?」

質問魔の私はわかんないことを「へー」と聞き流すことができません。

先生の長い説明が始まりました。

「抗がん剤なんかしていたら副作用でみんな死にます。手術とかしたってがんが治せるわけがない。本当の原因を変えないで表面ばっかりするから・・・・・」

という部分は覚えているけど、あとはちょっとわかりませんでした。質問させてくれないし。

話を早くするために私はいいました。

「わたし、四期のがんなんです」

「ということは、余命も聞いているわけですね。どれくらいですか?」

いきなりそういう質問が投げられるとは私もびっくり。
きょうびの有名スピ先生は、がん患者の相談を相当受けてると見ました。

「●●くらいです」

と答えたものの、うちの主治医は余命なんて意味がないもの言う必要ないと考える人なので、主治医からは聞いてません。

数字を聞いて、有名スピ先生の目がきらーーんと輝いたか、素敵なカモが入ってきたわいと思れたかどうかはわかりません。

「がんは治るときは一瞬にして治る病気なんですよ。胃がんの人が●●を胃にあててがんがなくなったということがあります」

「そうなんですか? これ(●●を手にもって)で、がんが消えたと?」

「そう。がんになった原因があるんだから、その原因をかえれば、結果が変わるんです。
がんを作った生き方を変えればいい」

「そういうふうに言う人いますねえ。
がんを作った生き方を変えればいいと、わたし、これまで何人かにいわれました」

「人のことなんか、どうでもいいんです!(なぜかここでいきなりキレる)」

「生き方を変えるってどういう意味なのかよくわからないんですが」

「死んだっていいと思えばいい。無になれば、がんは治るんです!」

「死んだっていいと思えないわけじゃないですが、それでがんが治るんですか?」

「それがいけない。なんでそういう? だまされたっていいじゃないですか」

「いや、だまされてもいいって・・・・いっぱいだまされたもんですから。これで治るとかいわれて、治らなかったり、時間がたっただけで、悪くなってしまったとか・・・・」

「そこがおかしい。あなたは●●先生(●●=ご自身の名前)のファンなんだから、●●先生にだまされてよかったと思えばいいじゃないですか! ●●先生にだまされてよかったとなんで思えないんですか?」

「それはちょっと・・・・・あの、さきほどの生き方を変えるっていうのをちょっとお聞きしたいんですが、それは自己否定しなさい、ということですかね?
自分のやってきたことをふりかえり、自分をがんにした原因をさぐるってことは、私の生き方の悪いところを探り出すっていう意味でいいんですかね?」

「いいとか悪いとかじゃない! あなたをがんにした原因があるんだからそれを取り払った生き方を今!から始めればいいんです。過去にこだわれっていう意味じゃない!」

「でもそれはやっぱり・・・・・わたしは自分のいきかたが間違っているって思わないといけないって意味ですよね? わたしは、わたしの生き方が好きなんですが

「・・・・・・・それはいいことです。それを続ければいい」

どうやらこのがん患者、カモになる気がないらしい、と悟った有名スピ先生はいいました。

「わたしもこうやって時間とって話すのは仕事だから」

「そうですね。失礼しました。えーっとじゃあ、どれか・・・・(買っていかなくちゃね、と棚を見渡す)」

「あなた、ブログ読んでいるっていったけど読んでないでしょう? 読んでいる人はそんなこというわけない」

「じつは以前は全部読んでましたが、最近はちょっと読まないことが・・・。あ、この本、これを(買おうかな、と手に持ち直す)」

「抗がん剤とかやってないですよね」

「やってますけど」

「あ、だめだ、それは。どっちかにしないと。両方はむりです」

「えー、ダメなんですか?」

「自分が信じるものはどちらなのか? どちらかを選ばないと、何も効きません」

「・・・・・じゃあ(買おうという寸前のものをテーブルに置く)、わたしも圧(アツ)を受けながら買うかどうかを決めるの無理だし」



とこんなかんじが、店を出るまでのてんまつにござります。


そこからしばらく歩いて、もうっじゅううぶんに店から離れたというところで、三人のおしゃべりがバクハツ。

オットが言いました。

典型的な自然療法販売に使われているおどし商法だよなあ。どちらか選びなさい。こっちをとるかあっちを捨てるか!」

友人が言いました。

「エミがこれまでどういうインタビューをしていたのか、今日わかった」


私は言いました。

「いや、全員が全員にこうだったわけじゃないけど、何十年も先生扱いされてきている人は、逆らわないで、ハイハイって聞くだけの人になれているから、ちょっと最初に怒られて最後に『こんなこと初めてしゃべった』って感謝されたことは何度かあったよ。
でも今日の大先生は、すごかったね。最初からキレてたね」

「あんなに簡単にキレていいのお、ってかんじ」

「キミが、私は私のの生き方が好きですって言ったときあの人、すごく驚いてたな」

「ほんとほんと」

「売り込みかたが露骨だった」

「熊本からきたって言ったからかも」


スピ先生のブログの波動がどんどん私とあわなくなっているとかんじて、めったにサイトを見なくなったのですが
たぶん2011年まで読んでいたから、私が軌道をのりかえたかな。
錦自然農園で植物を売るようになり、お客さんと交流するようになり、何かが変わったんでしょう。


でも、センセイのおっしゃること、目の前で話されていたことが、間違っていると思ったのは抗がん剤のところ(笑)だけで、
あとはそんなに違うとは思いませんでした。

「抗がん剤で痛みがとれたのではなく、痛み止めのおかげで痛みがとれたんじゃないですか?」と言われたとき、

「そうじゃないですよ、センセイ、医学の知識がないのに適当なこといってはいけません。私の場合、両肺の腫瘍が消えたし、マーカー値は3ヶ月で9割近く減少したし、先のことはわからないけど今日までのところ、抗がん剤の恩恵で東京までこれました。
抗がん剤やったら副作用で全員死ぬって誰の入れ知恵?」

などと話したところで意味はないと判断したのは賢いことでした(自分でいう)。

「そうじゃないです」とだけいいました。


でも、最も驚いたのは実はここです。
私は私の生き方が好きです。
そんなこと、言ったことも思ったこともないです。思ったことあるとしたら、すごく深いとこでこっそり思ってたかも。
あのセンセイが目の前にいたから、その言葉が宇宙にはじきだされて、ことだまの波動をが銀河系にひろがっていきました・・・・なんちって☆
やはり私は、センセイのファンなのかもしれないです。


ちなみに私の東京旅で、最後のバーは「東山東京」のラウンジ。
11月になったら「星子」という梅リキュールのヌーボーが出てきますからちょっと行ってみてください。
バーテンダーのデニーさんは、絶滅危惧種の渋い渋いバーテンダー。
錦自然農園のウチヌノさんの紹介で、といったところで何もでませんですが、星子は素敵においしいです。

外苑西通りにあったデニーさんの「HOWL」というバーが五輪騒動でつぶされることになったときは、
うちのイチゴを抱えて東京行きました。
バーの最後の夜に、さんざんお世話になった癒しのカウンターで飲むためだけに。

もっとこういうふうに気楽にトウキョにいこう。これからは。
抗がん剤と同じくらい東京旅はいい治療になりました。

 

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