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なかよし

8年前、結婚して間もない頃ですが、近所の見ず知らずの女性から

「あんたたち、仲がよすぎる」

と大真面目なクレームをいただいたことがありました。
当時、私はご近所の有名人で、どこまでうわさが広がっているのか怖いくらい広域で一方的に知られてはいましたが
こちらは全然知らないし二人がどこで目撃されたのかわかるわけなく、ただ、びっくりしました。

ちなみに手をつないでいたわけでもなく、ふたりが並んで歩いているとき、いわれました。

その後も中学生から
夫婦並んで座っているだけで、ほとんど夫婦間で話さえしてないのに

「あのふたり本当に仲がいいね」

と驚きの声をあげられたとか

ふたりで座っているだけで

「ちょっとあなたたち重なってない? くっつきすぎてるからそう見えるの?」

こういう意味不明なのも含め、「きみたち、仲良すぎ」コメントをしばしばいただいて
いつしか、私のなかでは、そういうふうに見えないように努力するようなクセが
なんとなくついてしまいました。

仲良くみえないようにする小さな努力ってなにかというと、
声を荒げて人前でオットに言うとかです


でもオットの中では私がオットを怒ったことは一度もない、
という記憶整理がされていることが最近わかりました。

人から「あなたたち喧嘩したこと一度もないでしょ」といわれると、

私は「そんなことあるわけないでしょ」という返事になりますが、

オットは「そうかもしれない」という返事をしていることもあるようです


あんまり仲がいいように見られると、どこかソンするんじゃないかと
私は警戒するみたいです。
最近気づいたことです。
若干不幸のエッセンスをまとっているくらいじゃないと、人様から何か攻撃を受けるんじゃないかとか
怖がっているところが、とおーーーくのほうであります。

それは、8年前に、見知らぬオバチャンから、かなり怖い顔で言われた一件のせいかもしれないし、
もっと違うところに理由があるかもしれない


私はおっとにイヤなポイントをみつけることがいまだにできないし
おっともわたしのこと、最大限の賛辞をくれるんですよね
これじゃあ何年たっても喧嘩ができないですね

おっとに対して、唯一文句を言ってたのは、「ちょっと怒りっぽい」ということでしたが
怒りっぽいのは、怒らないよりいいことではないかと最近思えてきて
短所から長所に昇格しました。



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「スケールをデッカク区切って、じっくり人生を熟成させるんだー」

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1980年代から大事にもっているりぼんコミックスの
『流れ星パラダイス』(陸奥A子)。

改めて奥付を見たら、1987年の初版でした。
このとき漫画の主人公は18歳。
アーチストである、発言の主は27歳前後?

13年後を(40歳前後になるとき)を一区切りにするというこのアーチストの発言に驚いている主人公と同じ気持ちで
ワタシも当時この発言を読みました。


うん 
スケールをデッカク!!区切って、じっくり人生を熟成させるんだー



当時女性は、25歳前に結婚すれば成功者。30歳すぎたら女性としてみてもらえない時代でした。
21世紀になりたての東京でさえ、
「30過ぎの女は女として見られないんだよ、えみちゃんは知らないでしょうけど。日本の男ってみんなそうよ。とくに会社員はね」。
私は会社員にうとかったので、友人が教えてくれました。


根強いのは、
人生のイベントや節目はすべて人生の早期に詰め込んでおくものだ、という世間の思い込み。

60歳で結婚したり、70歳で新しい業界の仕事をはじめたりするとみんな驚きますね。


人生ゴールの設定が早すぎるから、
何にせよ急ぐ必要があるかのように思わせられているのではないか。

スケールをデッカク区切れないのではないか。


定年がゴールのように言われていた時代から、いまは、年金受給の関連もあり、
ゴールがあいまいになってきていますが、70でも75でもなく、ゴールは120歳。
これが適正な気がします。ゴール設定より前倒しのゴールがきても、まあそれはOK


この設定があるだけで、暮らしにおける時間の概念が変わっていく気がします。


だってゴールは遠いのだから、急ぐ必要がない。急いで短縮して、できた時間のあまりを、どこかに継ぎ足していく必要がない。


その方向で生きることに決めました。


急ぎ癖の弊害は、最初に出た答えに飛びつきやすくなること。

急がなければ、多様な答えを受け入れる余地が増えそうです。
多様さは、外国にいくとか情報に接するだけなく、1メートル四方の世界でも深く見ることで得られますね


1ミリ四方が内包する豊かさは、急いでいてはわからない。
そうやってワタシはどれだけの豊かさを、目の前に広がっているのにもかかわらず、気づきもしないで、わかりやすいものに飛びつき続けてきたでしょう。


ゆっくり歩かなきゃ。
ゆっくりゆっくり。


せっかちを全否定する元年。いえ、元日であります。きょう。1月13日。
理由はまたの日に書くでしょうか。



安全なだけでは売ってません。美味しいから販売させていただいております。
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「心配ご無用」

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オットがつくった菊芋の煮物。
菊芋たくさん、れんこんちょっと、ごぼうちょっと、にんじんちょっと、たまねぎちょっとを油で炒めて、
山江村の乾し椎茸を手でぱらぱらと割りいれて、赤酒(熊本のソウルアルコール・みりん的なもの)、醤油で
調味して、一晩おいて味をふくませる。
菊芋とれんこんの食感の違いがうれしく、ごぼうを煮るとしみでるダシもきいて
「全部食べていい?」「だめ」という会話が出るほど
箸を止めるのに強い意志力が要求される一皿です




本日8回目の結婚記念日です。
特別なことは何もせず、ふたりでその会話をしたわけではないが、
ブログに二日連続そのネタでいくのはなぜなのかな。


熊本に旅立つ前の日に、東京・錦糸町のタイ料理屋でランチした編集者(男・50代)との会話を掘り起こしました。
なんでもメモっている性格がこわいですね。


「もう東京めったにこないんだろ?」

「はい。きませんね。来るのは冠婚葬祭くらい」

「東京を去るにあたって寂しくなったり悲しくなったりしない?」

「ぜんぜん」

「ぜんぜんなの?」

「ちょっと前まで気持ち的に、谷とか山とかありましたけど、それも終わったみたいで、いまはフツーーです」

「向こういったら、やなこといっぱいあるだろうな」

「あるかもですね」

「あまり頑張らないでいやになったら帰って来いよ」

「帰ってきませんってば」

「帰ってきたって、ほーら言ったとおりだろとか言わないから」

「帰ってくるわけないでしょ」

「帰ってきたら、農家嫁体験失敗記とか書けるかもな」

「書きませんから」

「覚悟して頑張るとかしなくていいんだからな」

「まー覚悟もしてるし、頑張りますよ」

「そんなことしなくていいんだから。無理すんなよ」

「新規就農の大先輩いるし(夫のこと)」

「いまは愛してるかもしれないけど・・・」

「心配ご無用」



やさしいコトバなのか、失礼なコトバなのか、いまだに判然としません。
幸いにも、その人の心配してくださったことごとは、ことごとく実現されないまま、今にいたっておりますること
ありがたやありがたや。


「気持ち的に山とか谷とか」とは?

というのは、今もふしぎな気持ちで思いだしますが、
ぜんぜん感情的になっているわけではなく、
とつじょ、まったく突然、涙腺が決壊。
夜でしたが、涙が出てとまらなくなりまして、いったいいったい、これはなに? と驚いて
熊本に電話したことがありました。

自分で感情に蓋をしていたのか?
ワタシの動きがせっかちすぎて(1回あっただけで結婚をきめる)、
体に心がついていけてなかった? 
今になっても、それがなにか、わからないままです。

いずれにしても、
おもしろい動物をみたことを報告するような気持ちで、電話したのに、
彼はとてもとても心配していました。
そういう優しさに慣れてなかったので、自分よりさらに上をゆく珍奇な動物を発見した気分でした。




菊芋も、山江村の乾し椎茸も、無農薬栽培のごぼうも。
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無職の友人へのアドバイス

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次回の野菜セットにはこの無農薬無肥料栽培の生姜が入ると思います。


先日、長い外国暮らしを終えて一週間前に帰国したという友人が遊びにきてくれました。
いまの友人のステイタスは、

住所不定、無職。

さて未来はこれから
です。
目の前にあるのは、地球いっぱいに広がる自由。
広漠たる自由。

友人はこれから住む場所を自由に選択できるし
何を職業にするかを選択できるし
また外国に戻ることも選択できるし
学校にいって資格や免許や学位を得ることも選択できる。

養うべき家族も、払うべき借金もなく、
まだ十分に若くて、魅力的な外見と、人並み以上に頑健な体がある。

あえて友人にないものを探すと、
「どうしてもこれをやりたいという願望」。
これだけがない。
とてもありふれていることですが。


友人と薪ストーブの前でおしゃべりした議題はおもに、
さて、どこから手をつけるか

若さもお金も毎日減っていくものだし、永久に迷っているわけにはいかないことは友人にもわかっている。


わたしもおっとも、友人には幸せになってもらいたいので、
なにかアドバイスできないかと、ない頭をしぼっておりました

ふと思いついて私がいいました。


「出会うことはみんな、次につながっていくから、
今の時点で悪いことだと見えることも
あとになったら、あれのおかげで今の自分がある、ということの連続だから、
まずはやってくる出会いとか、誘いとか、依頼とか、なんでもかんでも受けたら?
人生はわらしべ長者だから」


じつはこれは私の生き方そのものでもあります。
人生は取材 人生はわらしべ長者です。

人から「いいよ」ときくと、ほぼ百%、試してみます。話を聞きに行きます。
興味をもつ誘いはたいてい受けます(興味持たない場合はその限りではない)

私が熊本にいま住んでいるのは、ネットコンカツのたまものであることは前にも書いてますが

1 そもそもオットのプロフィールを閲覧できたのは、
「熊本県」を選択し、クリックしたからです

2 なぜ「熊本県」を選択したかというと、当時私に結婚を申し込んでくれた殿方が熊本出身で、その人の性格がよかったからだけです。熊本県への興味ではなく、熊本県民は人がいいのかもしれないという短絡な連想による選択。

3 なぜその熊本県出身の殿方と知り合ったかというと、さる講習会に参加したから

4 なぜその講習会に参加したかというと、知人が勧めたから

5 なぜ知人が私に勧めたかというと、私が当時人生に退屈していたから

まったく因果関係はないのに、私が人生に退屈していたおかげで、
いまや何を習ったかも覚えてない講習会に参加したおかげで、
そのあとで開かれた飲み会に参加したおかげで、
熊本出身者に出会い、
熊本在住のオットを発見できた・・・・という脈絡に今日気がつきました。

というわけで
私の友人へのアドバイスは、

やってくるものは(ピンとくるものなら)、
取材、実験、お試し、とナンにでも、軽々しく首をつっこめ~


です。

オットからもアドバイス。

オットは、
「大学卒業後、公務員になったのとそれを辞めたことだけが自分の選択で
その後のキャリアは
短期留学したときお世話になった旅行会社に誘われて就職し
実家の父が倒れたから養鶏を手伝ってくれと頼まれて、退社し、
父が回復したとき、別の知人に誘われて不動産会社に就職し、
実家から果樹園をやってくれと頼まれて、退社し、移住、農家に。
結局なにひとつ自分で選ばず、探さず」
今にいたる。

だから、友人へのアドバイスは


自分で探さないで、やってくれ、と求められることをやっていったら?

私もよく人から「熊本が好きだから」「農家と結婚したかったから」「錦町が気に入ったから」
ウチヌノサンとと結婚したんでしょ?
と聞かれますが、
答えは、NO! です

熊本にも農家にも、興味はなかったのに、錦町も人吉も聞いたこともなかったのに、
いまや帰ってきた~と思える場所はここしかない、というくらい愛する場所になり、
農家こそ天職、と思い込んでるヒトに。
(前の仕事も天職だと思っていた。職業名は、何でもいいのかも。どう働くかのほうが重要)

今の自分は、計画したことでも、志願したことでもなんでもない。
(結婚したい、田舎に住みたいという願望だけはありましたが)

オットも農家になりたいと思ったことはなく、熊本に住みたいと思ったこともなく、
計画も理想もないまま、今に流れ着いている。
(いつかは田舎暮らし、という都会人によくある淡い願望はありましたが)


こういう生き方のベースにあるものが、夫婦とも、
「シンクロニシティ」だと今日気づきました。



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きょうは何の日?

飽きもしないで、このネタです。

忘れてしまいがちなのですが、
たいていオットが覚えていて、ワタシは忘れている。
結婚記念日よりも、記念日の重要度が高い日。

われらが初めて会った日。
にして
われらが結婚を決めた日。

先週から数日NYから友人がきてくれて
おきてる時間の9割をおしゃべりしっぱなしで過ごしていましたが
あらためて、おっととどうして出会ったかと訊ねられて
これまでに50回は人に話した気がする話をしていました。


はじまりは2000年か少し前のこと。
NYで、かなり不幸だった私は、マンハッタンのとある場所で
不幸度数マイナス2万点くらいのとき、
「わたしが本当にしたい暮らしはどんな暮らし?」と自分に問うたのでした。
目の前の白い紙にワタシの右手がするするとつづりだしたその内容というのは、

「大好きな人と一緒に三食食べる、毎夜一緒に眠る。
広大な土地を所有していて、毎朝畑から野菜を採ってきて、朝ごはんをつくる。
犬をつれて散歩にいき、帰ってきたらコーヒーをいれてあげて
窓から豊かな自然が見える場所で好きなときに好きなことを書いて、
暮らしている」

2009年にそれを思い出して、なんでいまだに行動してないんだ?
と自分をしかりつけ、
その晩のうちから行動開始した方法はネットコンカツで、
探し出して2週間たらずでオット発見。
柿を注文したらあまりに美味しいので、「会いに行きたい」といいまして
メールの交換を始めた日から2週間たらずで、飛行機にのって会いにいきました。

それが11月8日。

あったら数分で意気投合。数時間後には、結婚決定。
翌月二度目の熊本行きで互いの親に紹介、
その一週間後に婚姻してました。


友人がいいました。

「夢がぜんぶかなったってことじゃないですか」

「夢と違うのは、コーヒーをいれてくれるのも朝ごはんを作るのも
ワタシじゃなくてオットだということくらいかな」



友人がNYでマインドフルネスのスタジオに(おしゃれな場所があるのですねえ)
通っているというので、
これまで話したことのなかったことを話しました。


コンカツの肝は、実はマインドフルネスだと思っていること。

オットを探した2009年は、マインドフルネス(ヴィパッサナー)を一日多いときで6時間やっていた。
欲はなかったけど、カンが異常に冴えていた
という話。
なぜ、6時間もしていたかというと、仕事は過去最高に忙しくても予定や計画が充実していても、
幸せじゃないと思ってたからですね。


お金でも名誉でも達成でもなく・・・。
結婚? とは思ったけれど、都会の魚群はなぜかワタシにみすまっち。
はまってないピースが一個、ぽっかりあいている。
何が足りないのかわからないまま20年経過。
いっそ出家でもとまじで考えた日々がとつじょ、
ネット注文した柿一箱で解決してしまった。

足りないものっていう概念もない今日このごろです。



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