FC2ブログ

おひさしぶりです

園主です

はぁ~。
いろんなことがあった一日でした。
20180421_152053[1]

でも、一日は一日。
精一杯楽しくやってます。細かいことは聞かないで!!

桃の摘果作業をやっているとたびたびその時の状況を忘れます。

っていうか、すっかり作業に没頭して傍らで鳴らしているラジオの音も気にならないほど集中しているようです。

雑念、妄想、さまざまにアタマの中をよぎりますが気づいたら桃の摘果に没頭でした。
何かに集中できるのはありがたい。

農業に従事して16年になろうかとしてますが、私は農業でよかったかな~。

日ごろから

あ~、キツイ!疲れた~!

とか、言ってますが、それをいえるのは幸せかもしれませんね。


<追伸>

えへ
つまの追伸
PCに寄るな触るなと言われているのですがつい書きたくなり

数日前、しゅうとが入院しちゃいました。
本人、食欲もあり、早く帰ると主張していますが・・・・

ほそぼそと続いている「養鶏仕事」までやっております↑このかた
たいへんの三乗(たいへん×たいへん×たいへん)

でも元気で明るいのはかわりません。






スポンサーサイト

桃の収穫期が近づいてきましたね

2017Apr11_2.jpg

去年の今の写真です。不精してしまいました。

今年は15日から桃のご注文受付を始めさせていただく予定です。

発送は6月なのでまだだいぶ先ですが、ゆっくり発送準備をさせていただきたく、早めにします。

以前お客様から

「錦さんは以前より買いにくくなった。注文したいと思ったらもうなくなっていることが多い。
有名になったからでしょうね」

というようなメールをいただきましたが、
それは方向違いでして
生産量が少ないというだけです。

6月までに注文してくださるとたぶん間違いなく大丈夫。

7月以降は、気象の異常にいじめられて、送れるはずが送れません、すみません~~
ということが増えていきます。

無農薬に限りなく近く
肥料をやらない
これだけで生産高は思い切り低くなります。

うちはそのうえ、完熟収穫ですから、そのうえにも、うえにも、さらに、生産量が少なくなるのです。

完熟収穫をうたうところは時々見かけますが
完熟というコトバの意味が、農家によって違うようで、
うちほどバカまじめに完熟にしてから送っているところはないんじゃないか、ということが
最近わかってきました。


完熟桃だからおいしいといえるのですが、
ときには送りなおしが必要だとお客様に判断されることもあります。
それが去年はすごく多くて
生産量が少ないのにさらに少なくなってしまう原因になったと思えるほどでした。
理由はここに書いています


収穫タイミングを少しだけ早くしてね

とおっとにいってますけど、どこまでできるかわかりません。


世の中の桃のほとんどは、早くちぎりすぎることで、美しい見掛けが長持ちできるようになっています。
高級桃であれ、安い桃であれ、そこはあまり変わらないようです。

早くちぎると、美しいので、お金を払うに値するという感覚が支払う側にむんむんとわいてきます。

でも完熟まで待つと、食べるときには、茶変した部分が多かったりするんです。
去年なんかは糖度が高すぎて、それがとても多かった。
そういうことは、クレームの対象になりやすいんですよね。
お金を払うに値しないという感覚が、茶変した桃を見ると、むんむんとわいてきます?

でもそういう桃でもおいしいんですよ。
茶色いのは苦味になるところが、多くの桃ですが、うちのは甘いから茶色くなるんですよね

でもね、そんなこといったって、
はやちぎりした桃の美しさこそが、桃の魅力だと思っているヒトには、
うちの桃は、魅力の乏しい桃になってしまいます。


今年は、桃の季節になっても
ツマはいっさい、電話にも出ないで、メールにも、返事などしないでいいし、
収穫や発送の手伝いはしないように、という厳命を受けております。

桃のことでへんな心配もいっさいしないように
といわれても

・・・・するよね


野菜セットの発送をもうおしまいにする、とおっとが言い始めております。
しょうがないかなあと思うところもあります。
もともと、ツマがはじめたプロジェクト
少しずつ参加してくださる農薬を使わない農家さんとのつながりを作り
お客さんを少しずつ増やして
やってきました。

私の現場復帰がないとすると
もともとの前提が無になるわけで
やらなくていいんじゃない? とおっと。


それも、さびしいなあ

1年間いいときも悪いときもあるけど、野菜を一生懸命集めて
お客さんが美味しかったといってくれてそれを農家に伝えて
みんなで幸せになってしまう感覚のまんなかにいるって

たのしかったんですけど


もうブガイシャですし

ちぇ



水曜締切の野菜セットやお米やお茶や紅茶は
錦自然農園フルーツストア


なかよし

8年前、結婚して間もない頃ですが、近所の見ず知らずの女性から

「あんたたち、仲がよすぎる」

と大真面目なクレームをいただいたことがありました。
当時、私はご近所の有名人で、どこまでうわさが広がっているのか怖いくらい広域で一方的に知られてはいましたが
こちらは全然知らないし二人がどこで目撃されたのかわかるわけなく、ただ、びっくりしました。

ちなみに手をつないでいたわけでもなく、ふたりが並んで歩いているとき、いわれました。

その後も中学生から
夫婦並んで座っているだけで、ほとんど夫婦間で話さえしてないのに

「あのふたり本当に仲がいいね」

と驚きの声をあげられたとか

ふたりで座っているだけで

「ちょっとあなたたち重なってない? くっつきすぎてるからそう見えるの?」

こういう意味不明なのも含め、「きみたち、仲良すぎ」コメントをしばしばいただいて
いつしか、私のなかでは、そういうふうに見えないように努力するようなクセが
なんとなくついてしまいました。

仲良くみえないようにする小さな努力ってなにかというと、
声を荒げて人前でオットに言うとかです


でもオットの中では私がオットを怒ったことは一度もない、
という記憶整理がされていることが最近わかりました。

人から「あなたたち喧嘩したこと一度もないでしょ」といわれると、

私は「そんなことあるわけないでしょ」という返事になりますが、

オットは「そうかもしれない」という返事をしていることもあるようです


あんまり仲がいいように見られると、どこかソンするんじゃないかと
私は警戒するみたいです。
最近気づいたことです。
若干不幸のエッセンスをまとっているくらいじゃないと、人様から何か攻撃を受けるんじゃないかとか
怖がっているところが、とおーーーくのほうであります。

それは、8年前に、見知らぬオバチャンから、かなり怖い顔で言われた一件のせいかもしれないし、
もっと違うところに理由があるかもしれない


私はおっとにイヤなポイントをみつけることがいまだにできないし
おっともわたしのこと、最大限の賛辞をくれるんですよね
これじゃあ何年たっても喧嘩ができないですね

おっとに対して、唯一文句を言ってたのは、「ちょっと怒りっぽい」ということでしたが
怒りっぽいのは、怒らないよりいいことではないかと最近思えてきて
短所から長所に昇格しました。



水曜しめきり金曜発送の野菜セットは、農薬を削減するだけでなく、
気のよい農家からいただく気のよい野菜をお送りしています。ご注文は、
錦自然農園フルーツストア

気持ちですね

ご近所の漢方医にかかっておりまして、
先日そこで言われたのが

「これで治らないわけがない、と思っているかどうかが大きいよ
漫然と飲むだけじゃなくて」

そうですよね
最近松野先生というプロポリスの研究者で自分で四期のがんを治した人の本を読んでいたら
同じこと言ってました。

薬や治療や施術が治すんじゃなくて、これが効く、と信じる気持ちが治すと。

とにかく、にがーーい薬を最近ふたつものんでます
ひとつはこの先生に調合してもらうもの
もうひとつは、お友達の料理人トビさんが自分で採取して干していたのをくれた
カワラヨモギ
めちゃ苦いですが、効いてる~~と思いながら飲んでます。

先のお医者さんはこうも言いました。

「あるすい臓がんの末期の人がね、手のほどこしようがないと医者にいわれたんで
ラスベガスにいって、思いっきり遊んで帰ってきたら、がんが消えてたって」

「あら私も最近ラスベガスいきましたよ。ラスベガスは趣味があわなかったけど、
行きたかった町(セドナ)にいる間だけ、ずっと調子がよかった」

「ほらー、そういうもんだよ」

「最近ちょっと調子悪いと思いながら、出かけることが続いていますが
行きがけの車の中でどろーーーんとしてるのに、人と会っているとどんどん元気になるんです。
なんでなんですか?」

「それはね」

「はい」

「人からエネルギーをもらってるんだよ。保育園の先生は子供のエネルギーもらうからやたら元気でしょう。
同じこと。これからは、人に会うときは、人にエネルギーもらいにいく、という気持ちででかけたら」

「はい。そうします」


元気がないとかあるとかって、自然の発生物のような気がしているけど、
私が思考の力を使って作り出しているかもしれません。

だってさっき、「桃の販売サイト」を今年はどうしようか、とちょこちょこ直していたら
それまでの不調が、新幹線のすばやさで飛んでいきました。

でもその気になってバチバチ、キーボード叩いてると、オットが玄関から入ってきて
「なにやってんの」と私を仕事から引き剥がしてしまいました。
ロミジュリならぬ、えみこと農園しごと。。。


昨日、 山川 紘矢さんのエッセイを読んでいました
(キンドルで無料だったので)

山川さん、
40代の働きざかりで重い喘息になり、それを病院にいかず治そうとしたので、
7年も仕事ができず、3年は日々発作で、親兄弟は葬式の覚悟をするほどだったそう。

でもその時期を経たからこそ、得られたその後の人生の大充実。
今では友人ががんになったと電話してきたら
「よかったね」
と口をついてでてしまうそう。
言われた相手はびっくりするそうですが。

思い出したのは、私も昔「がんかも」とオタオタして電話くれた友人に、
同じことを言ったことがありました。

私は自分に「よかったね」とまだ言ってあげてなかったと
昨日気がつきました

よかったね!!!



無農薬のお米や野菜やお茶や紅茶などなどがそろっている
錦自然農園フルーツストア

最近、シャーリーマクレーンノ「アウトオンアリム」を読み返して、
前読んだときよりさらにもっと、いい本だなあと思いました。
out on a limb
の意味は、木の先のほうに果実がなっていることが多いことからちなんだ格言で
人生の大切なもの(フルーツ)は、危険を冒してこそ得られるということ
錦自然農園にも、ちょっと冒険をしてでも手に入れたいほんものの実りが
たぶんある♪

ヒトのためより自分のために

お花見にいきました。
行きの車のなかでは「いくのやめる?」とかオットが言うほど体調微妙でしたが
友人たちの輪の中にすわるといつしか元気になり、
ビールまで飲んでいた

人からエネルギーもらうというの、リアルに感じました
もちよりの会だったのですが、オットが調理して塗りのお重にいれてもっていったのは、
「鹿のカツ」と「たらの芽の天ぷら」
ヨクデキマシタ☆
花がバラバラと振り落ちていくなかで、エンドレスのバカ笑い。いい時間でした

二次会のバーにも行き、いい音響設備で80年代ロック&ソウル&レゲエを聴いて幸せに浸ってました
するとそこにいたMちゃんから

「えみこさんが書いてること、わたしかたっぱしからやってます。
ザワークラウト、いいですねえ。腸の中身がぜんぶでてるってかんじ
ウォーキングも温泉いくのもすっかり習慣になったし、わたしはすっかりえみこさんみたい(笑)」

こうやって恥さらして書いているくせに、顔知ってる人には読まれたくないと思ってもいるので
ちょっと恥ずかしがっている私です。Mちゃんが言いました。

「やっぱり自分の体を病院に任せるってなんか違うって気がするし、
食べ物が体を作るんだから、毎日自分の食べるものが自分の未来を作るって気がするんですよー」

そうよね、おっしゃるとおり。
と、思いながら私はこんなことを言いました。

「最近、食べ物、ライフスタイル、心の三つが健康を作るっていうのを目にするけど、
私は心が5割以上、ひょっとしたら7割かも、ってそんなこと思うんだよね。

私が病気になったのって心の部分の原因がすごく大きい気がしてね」

いくらかの説明が必要かと思ったのに、Mちゃん、何も言わせず、大きくうなずきました。

「農園で働かせてもらっていたとき、お客さんに品物を送ることの責任を
えみこさん見て、痛感したんです。こんなにとは、思ってなかった。

たとえばお客さんから何かメールがくるでしょう。
知典さんは、『そういう人はいるんだから、ほっとけばいい。適当に返事しておけばいいよ』って
言うんだけど、えみこさんは
『そうかなあ、そういうことで本当にいいのかなあ』って言う。
お客さんへの向き合いかたが違うんですよ。

お昼ごはんが終わったらその瞬間パソコン、バチバチ打ちはじめて、
お客さんを友達みたいにだいじにするし

私は自分がこれ以上はやれないなって思ったら、自分から引いていくことの繰り返しだけど、
そういう引き方をえみこさん、しないでしょう」

よくみてましたねえ。

「べつの、うちで前働いていた男の人からも、
私が真剣に仕事しすしぎると、ダメだしされたことがあった(笑)
すごく心配して言ってくれたの。全身で仕事してるって
なんでわかるんですか、パソコン打ってるだけなのに」

「えみこさん、昔の仕事はそういうことでよかったのかもしれないけど、
こっちでは何もしなくてもよかったのかも(笑)」


前後の話を忘れてしまったのですが、そういう結論に。
私もそうだなあと思いました。

東京では私は、本当に、こどものように自由な気持ちで
「これおもしろい」というのをみつけて企画して、
ワクワクとプレゼンして、ウキウキと取材して、るんるんと(時に泣くほど苦しんで)書いていた。
多くの場合、一緒に仕事する人たちに恵まれて、すごく苦手なことをしないでよかった。
あまり仕事が忙しくなるので、「何のために仕事してるんだろ」と悩む時期があったけど、
「病気で入院している人がたまたま私の文章をよんで、早く元気になろう、外にでていこう」
と思えるものを書く、というモチベーションを発見してからは、悩みゼロ。

人を元気にするために仕事をしているというのが、大きな声ではいわないけど、
私の真ん中にどーんと通っている一本線でした。

親しい編集者に話すと「なに綺麗ごといってんだ」と吐き捨てるように言われたことも
「さっぱり意味がわからない」とキョトンとされたこともありましたが、
そんなことを言われることじたいが、不思議でならなかったでした。

農園でもそう。
お客さんが喜んでくれること、それが目的でプランがはじまる。
これやったらモウカル、という考えで企画したこと一度もなし。

でも最近になってようやく、自分のために仕事できないんだったら、仕事はしないほうがいいのでは?

という結論に落ち着きそうになっています。

人の幸せをつくるのに寄与したい、というのが起点にあると、
仕事は能力以上に廻ってくれるし
困ったことはいくらでも起こるけれど、いつも、ちゃんと助けがやってくる
これまでそうだったし、きっとこれからもそのはず。

ですが、

そういうことではなく、
そういうことではないのですね

わたしは極端に、自分のことどうでもいい、ってことになりがちって気づいたしだいです。

自分の体に対する愛着がなさすぎ。これ、この一年半でだいぶわかりました。
勇気があるって周囲によく言われてきたことと、関係あるかも。


数日前ですが
球磨郡五木村にある西日本で最も高いところからジャンプできるらしい
バンジージャンプのジャンプ台にいきました。

恐怖を少しも感じないのが不思議でした。みんな怖がっているのに。
そのあとに考えたのは、
自分の体にたいする愛着が低いせい? ということ。


もっともっと自分のために仕事しなくちゃ
そうでないなら、仕事やめなくちゃ


私の場合、仕事やめるほうがいいのかな。

ずっと、病気が治ったら、病気の経験を生かしてこんな仕事をしよう、とか考えていましたが
昨日はバーで、友人たちに、はじめて、仕事以外の
治ったらこれをする! を宣言しました

「わたし、治ったら、タイに遊びにいきます」

タイは何度も行ったけど、
ほとんどが仕事だったため高級リゾートばかり泊って、格安ヒッピー旅行をしたことないんですよねえ

数百円の宿にとまって、おいしいものたべまくりの一ヶ月をすごしたい
カンボジアとラオスをまわってもいいな
炭水化物で子豚のように太って帰ってこよう。


自分のために仕事したくなるまで、仕事をする願望は捨てます!!



仕事しない宣言しなくても仕事してないツマと
働きもののオットがやっている
錦自然農園フルーツストア