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『食べものだけで余命3か月のガンが消えた』

2018May28.jpg
ただいま新じゃが販売中。発送は6月に入ってから。まだ土に埋まってます。
桃との同梱も大丈夫ですよ~




ネガティブなことは書きたくないのですが、
これについてはやはり書きたいなと思ってしまう。書きますね。


『食べものだけで余命3か月のガンが消えた~全身末期ガンから生還した、私のオーガニック薬膳ライフ』
(高遠智子著・幻冬舎)は、

ガンが発覚してまもない時期に、まとめて買った本の一冊です。
この時期に手に入れた本は、読み返す価値もない本が多いのですが
がんについての知識が少ないので、それでもそのときには必要な本だったりしました。
でもこの本は、当初から「変な本買ってしまった」というかんじで、
早々に売り飛ばす本の箱(そういうものがあるんです)にいれていました。

そろそろ売り飛ばし予定の本も増えすぎたので、まとめて店にもっていこうかと、整理していたある日。
「変な本」が久しぶりに目に入ったので、ちょっと読んでみました。
しばらく読んでみて・・・・・

寝ようとしていた布団から飛び出し、リビングにもどってスマホを開き、著書の名前を検索し、

「やっぱりねえ」

と声が出ました。ネットではとうに知られた問題児さん、それがこの本の著者でした。


はじめてこの本を読んだときはがんをハンパにしか知らなかった「がん初心者」でしたが
今や、相当がんとお友達になって、酸いも甘いも知り尽くした関係になっています。
そんな私から見ると、この本に書いてあることは、

まぎれもなく嘘だらけ。

まず、わたしは昨日まで知りませんでしたが
著者が嘘だと認めているのは、この本が世の人に20万部以上も読まれる理由の大きな部分を占めると思われるところの、

●エコール・リッツ・エスコフィエでフレンチガストロミー上級ディプロマ取得
●中国北京中医薬大学薬膳学専科で国際中医薬膳師免許取得

というのが経歴詐称であったこと。
顔写真を大きく表紙に出し、おそらく本名で、ここまで大胆な嘘をつける人がいるなんて、
最近世間をさわがせている監督なみの豪胆さ、分厚いツラノカワといえましょう

フィクションであれば、おもしろい読み物なのです。
こんな具合なのですから。

ある日、両親をガンでなくし、継母にいたっては自殺で亡くした
独身の28歳の著者は、卵巣がんの宣告と同時に、余命3か月の宣告を受けます・・・・・。

(この方は経歴詐称のカミングアウト後も、新刊をだし続け、そのすべてに「余命三ヶ月」をつけています)

ここでガンを知っている人なら、
「ちょっとまったああああ!!」です。

CT画像を見ただけで余命三ヶ月という医者がいるか?
手術後、ブツを確認してからでないと、ステージだってわからないのに。
余命というのは、医者なら誰でもわかるすっきりした数字ではなく、ものすごく幅のあるものです。
「1年もたない」くらいの大雑把さなら言う医師もいるかもですが、
CT画像を見ただけで、28歳の女性に、「3か月後あんたは死にます」と言い切る医師はいないでしょう。


「スキルス性」の卵巣がんと書いてあるのですが、そんなものはない。

抗がん剤や放射線といった治療のことは少々具体的に書かれているのですが、

「いろいろな先端治療を組み込みながら、再発を繰り返し、免疫力も時には途絶えながら」(P18)

なんでここで「いろいろな」?
文章の変さはさておき、なぜ、先端治療だけ治療名を列記せず、「いろいろな」でおわりなのか。
その名前を言わなくちゃ。だって、高額ですから。しっかり選んだはずですから。
「いろいろ」ですませているのは、受けてないからでしょう。


「花粉の影響も受けて、目の角膜は2回剥がれ落ち、人工角膜。」(P18)

1990年代に人工角膜の手術を受けられたのかどうか、かなり疑問です。
現在でも国内で限られた施設でしか行っておらず、以下のようなサイトもありました。

「現在、日本においても、岡山大学を始め、『人工角膜』の研究が進められています。しかしながら、まだ研究段階であり、実用されるまで数年、そして、臨床実験、医療認可されるまで、10年は必要とすることでしょう。 現段階では、『角膜移植』の代用としては、限りなく実現性のないものです。(2013 国際医療サービス)」


嘘のつきかたが大胆なのです。


ノンフィクションでなく、フィクションならおもしろかったのにね、と思うのは
この方、ガンが全身に散らばっていながら、単身パリに渡ります。
そしてがんの疼痛を抱える身で、歩くこともできないくらい衰えた体で
フランス語もできないのに、調理経験もないのに、
料理学校の名門エコール・リッツ・エスコフィエに入学し、学位を取るまでがんばります。

がんの疼痛というのは、きつい生理痛のもっときついの、と考えるとわかりいいと思います。
ドラッグストアに売っている鎮痛剤では効きません。
麻薬系のクスリでないと。

彼女の場合、「脊髄のがんの疼痛の対策で携帯カイロを腰にあてていました」(P24)
というだけで、パリで、その疼痛を乗り切ったそうです。

考えられない話です。
途中、知人より「ハーブ、アロマの専門医も紹介」されて、疼痛緩和のための植物療法を受けたそうですが、
そのときに使ったハーブの名前がまた、ひとつも上げてられていないので、
それも作り話なんだろうなと思わざるをえません。


まあこういう本なのですが、
経歴詐称の内容でそのまま売っている幻冬舎、おかしくないか。
この本のユニークさは、彼女ががんを抱えていながら異国でディプロマをとるまで頑張ったところにあるのに。
それは嘘でした、と本人認めているのに。
ノンフィクションとして売っている。

詐欺です。わたしが暇だったら出版社を訴えます。


食べものでがんを治す系の本はたくさんあります。
でも、「余命3か月」と「ガンが消えた」の2ワードを擁するタイトルの破壊力は、
がん患者にとってはんぱないことを、わかってつけている版元のやり方は、かなりキタナイ。

余命・・・とつく本や映画が、人の感興をそそることは、重々承知ですが、

顔を出して名前を出しても、堂々と嘘をつく人がいるくらい
がんビジネスはモウカルということを、この本は教えています。


抗がん剤治療も、放射線治療も、各種の先端治療も、
植物療法も受けていると書いていながら 


『食べものだけで余命3か月のガンが消えた』

とタイトルつける商法があざとい。いえ、あつかましい。
この矛盾をあえて行うのは、

多くのがん患者が、
標準医療以外の方法に、がん治療への夢を託したいと思っていること、そして
多くの版元が、
アンチ標準治療のニュアンスのあるがん関連書籍は売れる、とわかっているから。


本の作り方じたいは、サプリメントや代替治療を宣伝する手法にもおおいに通じています。
一人の成功例が、誰でも成功の可能性があるかのように広告宣伝する手法。

法律で、「病気が治った実例」をあげて物品を販売することは禁じられています。
広告だけでなく、ネット記事もしかり。
でも、治癒の実例を使った治療や物品の紹介記事はびしばし目に入ってきます。
お金を払って有名人に実例になってもらうのはよくある話ですが、
その有名人が知的な人だったりするときにたちが悪い。信じたくなりますもん。


とにかく、この本は買ってはいけない「がん本」の代表として、どうぞ覚えておいてくださいませ。



おいしい新じゃが、新もも、新茶、新たまねぎ、新だいこん&無添加コチュジャンのおもとめは・・・
錦自然農園フルーツストア
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自然療法1本からから抗がん剤治療との2本立てに ②

ここからオチなのですが

近所の病院で、
抗がん剤治療を受けると決めて、担当医や薬剤師と面談したけっか、
私の前回の抗がん剤での劇症の反応から、似たような状況は、薬剤を変えても
繰り返される可能性が高いことが指摘されました。

さらに、前回私を泣かせた「味覚障害」は、今回も高い確率でやってくるらしく、
治療は、もし薬と私の相性があい、服用を続けられるのなら
半永久的に続くとわかりました。

A 生きるための大きな可能性を捨てる
B 口福をあきらめた人生を選ぶ

わたしに突きつけられたのは、この二者択一です。


抗がん剤治療はせず、これまで通り、標準治療以外の方法を模索していくことにきめました。
Aにしたわけですね。
がっかりし、ほっとしました。

がっかりした理由は、自然療法だけで効果をえるのが難しいと実感し、
標準治療と同時進行でできることに期待をしていたから。

ほっとした理由は、副作用(特に味覚障害)を心配しなくてよくなったこと。

どっちでも選べる環境に、夫に感謝。手伝ってくれる方々、支えてくださるお客様たち、友人たち、家族たちに感謝しました。


さて、
これを書いて数週間後、
またもや
急展開しました。



Bにしました。Bといっても、味覚障害が出にくい抗がん剤治療をすることになりました。
宮崎の病院で。


家から遠いし、他県まで行くにしては知名度の低い病院です。


なぜそこなのかというと、そこに、主治医として信頼して一緒に二人三脚していきたい、
(夫もいれると、三人四脚)していきたい腫瘍内科医がいたから。


先生の名前をO医師としておきます。
O医師は、SNSで知り合いました。

非常勤の腫瘍内科医として、宮崎と北海道を行き来しながら、
ボランティアでがん患者の相談会を東京と宮崎で毎月開き、本を書き、ブログやメルマガで発信を続けています。

大病院では収まりきれない、仕事の枠はじぶんで作るというタイプの医師。
私の人生は、出会い運だけがあると思っていましたが、やはりあるなあ・・・・・


O医師とメールのやりとりをするようになって数日後、
彼に体の相談をメールでしたところ、
「今日病院に行ったほうがいい」という返事を受け取りました。

病院の予約は二日後にとってるから待てばいいんでないのかな
と思いながら、O医師にいわれたとおり、
緊急だからと、近所の病院に予約を無理にいれて、薬を処方してもらいました。
O医師から聞いたクスリをです。

一服すると、世界が一回転するくらい体が楽になってしまった。
どうして今まで私はガマンしてたんだ???
(これが、前回のブログに書いた「クスリの威力に驚いた」顛末です。
それまで薬は、前の病院からももらっていましたが、
O医師的には、「なんでこれ選ぶかな」な薬であったよう)


クスリって、何を選ぶかが重要なのに、
多くの医師はそれほど真剣にクスリを選定していないと
わたしにも、だんだんわかってきました。


このような経緯をはさみ、相談を重ねているうちに、
O医師がYOUTUBE にアップしている、標準治療に対する誤解を解くさまざまな動画を拝見し、
抗がん剤についてもメール相談をするようになりまして、


することにしました。


わたしの場合、手術と放射線治療の可能性はないので、化学療法をですね。
いわゆる抗がん剤治療。


最初は、抗がん剤のリスクを考えると、近くの病院でヤルしかない、と思っていましたが、
実際に「ヤリます!」と近くの病院にいき、相談にしますと、
近くの病院は、「病院の決めている方法以外で処方することはできない」という方針が硬い。

また、痛みをとる緩和治療と、腫瘍を小さくするため、広がらないようにするための抗がん剤治療と
併用ができない。

これは驚くべきことに、ほとんどの病院がそうなのですって。ほんとですか?


O医師の方針は、「患者の体と事情にあわせて、最善の処置を一緒に考えながらやっていこう」
「何より患者の日々の生活の質を落とさないこと」重視です。

私は家から近い病院、というメリットを捨て、O医師に頼ることにしました。

でも緊急の場合は、近い病院に診てもらうことをO医師からお願いしてあります。
もし宮崎の病院とあわなければ、戻ってきてもいいですよと、とのお言葉も頂戴しました。


ここで思うのは、
O医師のような対応をしてもらっていれば、
私は初回の抗がん剤でも、途中でやめなくてすんだかもしれない。
(術後補完療法をしても大腸がんの予防効果は5%以下だから、再発可能性は高いけど
やめてよかったというべきでないのが、母数が大きい標準治療のデータの読み方)


当時、すごい副作用に泣いていたのに、O医師が受け取った
その大病院のカルテには、「副作用はなかった」となっていたそうです。
どれだけ、医師が患者の苦痛に干渉していなかったか、という理解でよいでしょうか?


熊本でじゅんぐりにまわった、三軒の大病院はどこも
標準から逸脱した治療はしてくれない。「標準」をあくまで重視する病院だったわけです。


2018年の日本では、
運が味方してくれさえすれば、ウエブの海から、
タッグを組みたい医師をみつけることができるとわかりました。


質問するな、という波動をびしばし発している医師が多いのは事実。

私は、再発を伝える時間さえ説明に5分もいただけず、
呆然としているわたしが「え?これで終わり?」と問えば、
「まだ何か?」 といいながらすでに医師は歩き出していました。

とんでもない扱いをされたら「病院長を呼べ」とごねていい、とむかーーし
書籍か雑誌に書いたことありますが、この人と話したくない、という気持ちがかってそれはできなかった。

どんな質問もできる医師に治療をしてもらえるのは、
ものすごい安心感です。

じっさい、O医師が声を聞かせてくれるだけで、顔を見せるだけで、
悪い体調が急によくなったりします。
頭はそれと意識してないけど、心は、すっかりO医師に頼りきってるらしいです。


標準治療と平行して、自然療法も続けていくつもりです。

今のトコ、続行しようと思うのは
●水素水 ●陶板浴 ●呼吸法 ●瞑想 ●幸せでいること 

陶板浴は家から遠いのですが、ひとりで高速をかっとばしていると、
めちゃくちゃ幸せになってしまいます。

やめたのはいっぱいありますね。
食事療法は完全にヤメ! わたしの場合、食べものを選んでいると、何も食べられなくなってしまう。
おいしくうれしく食べられること優先です。




はい。おいしい桃とブドウと野菜とお米と無添加コチュジャンと無農薬お茶は?

(声をそろえて)
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よくできました!

自然療法1本からから抗がん剤治療との2本立てに①

2016Jun3_5_momo.jpg
桃の発送開始が迫ってきました。これは二年前の6月3日発送分です。
ご注文は錦自然農園フルーツストアへ!




抗がん剤に再挑戦することにきめました
まったく効かない可能性も覚悟のうえ。

それでも決めたのは、
延命の可能性があるからです。
代替医療だけで延命するより、さらに強力なエンジンが得られるのならと考えました。


「延命のために抗がん剤を受ける?
そんなことするくらいなら、何もしないで、死んだらいいのに」

と思う人が多いことは承知です
私もそう思っていました。でも気持ちが変わりました。
こういうことっていよいよその立場にならない限り、リアルに想像できないと思います。


延命といってもその数字はさまざまです。
2ヶ月しか延命できないかもしれないけれど、
運がよければ2年くらい延命できるかもしれない。
もっとツイていれば、10年、20年の延命もありえる。
というのが抗がん剤のやってくれることです。

こんな田舎の、狭い人間関係で暮らしていてさえも
15年、20年の延命を抗がん剤のおかげでなしえた人の存在が
耳にも目にも入ってきます。
つまり、抗がん剤による長期の延命は激レアではないんです。
ありふれてはいないけど、聞いたことあるね、レベルです。


抗がん剤にがんを治す力はないという意見は、
ある意味正しい。

がんを治すのは、抗がん剤使用の目的ではないのです。
抗がん剤使用の目的は、延命に限定されます(予防的使用法はべつにして)。


「この薬でどれくらい延命できますか」と医師に質問する人は多いと思います。
「薬による延命の平均値が2週間です」

というクスリもあるそうで、そうきくと、「やる価値なし」と思うでしょ。
でもそれがしろーとの浅はかさ。

平均値からはなれたところで、高い効果を上げている場合があり、
発表される数値とは裏腹に、何年も延命できる効果があったりするのです。
それでなくても平均値は、がんという個人差の大きい病気においては、かなり意味が薄いわけです。
2年延命できるだけでもすごいです。
半年先に死ぬより、2年先のほうがいいな、私は。


55歳の人が抗がん剤でしっかり治療して、
いつでも死んでいいや、と好きな仕事に没入し、
きがつけば75歳まで延命してなくなった話を最近聞きました。
 
延命と、一言でいっても、その実際的意味の幅広いことは、世間にほぼまったく知られていません。

治せない、
だけど延命できた。


このパターン、代替医療でも多くみられるのは同じですが、
なぜか抗がん剤だけ、「治せない」が拡声器を使って、大声で広められています。
代替医療側は、総じて広報宣伝の意欲が強いせいですかね。
抗がん剤のワルクチにも力が入ります。
こうして抗がん剤は歪曲された誤報が広まり、誤解され続けます。

抗がん剤で治せなかったら「病院が悪い」と、患者や家族は被害者になれますが、
代替医療で直せなかったら、「患者が悪い」となるのも、不思議。
患者は、被害者でもないし、病気を治せない悪人でもないのに、
なんで? と思うけど、代替医療推進派は、かなりの確率で上記の言い方をします。

がんは、百人いれば百通りの病態があるってことも知らない人が、わけしり顔で
がんを語るからでしょうか? 
「あの人が治っているのにあなたが治らないのは、あなたが悪いからだ」
本気でそういうせりふを吐く人がいるんです。


抗がん剤がどれだけつらいかも、人によって違います。
楽にすむ人、抗がん剤のおかげでQOLがあがり、職場復帰できるようになった人もたくさんいます。
その逆もいます。抗がん剤を使わなければ、普通に暮らせていたのに、
寝ているしかできなくなった、という人もいます。一回の服用で亡くなる場合もあります。


前に抗がん剤を受けたときの自分と、今の自分で違うところがひとつあります。
それは、薬のありがたみを知っていること。
薬の「威力」を知ってしまったこと。
最近、痛みと出血に耐えかねて病院で薬を処方してもらったら
嘘のように問題解決。ふつうに暮らせる。
医学よ、ありがとう!
こんな気持ちになったのは、53年の人生ではじめてです。

薬きらいで、あまり服用してこなかったから。知らなかったんです。
悪質な化学物質を食べるといつまでも頭が痛くなったり、口がしびれたりするタチだったから。
でも、クスリってすごいんですね。効くときは効くんだわ。

この、代替医療であろうと、標準治療であろうと、治療にあたって患者が必ず持たねばならない
期待感
が前の抗がん剤使用のときは、みじんもなかったのですが、
今回はある。

私は、以前と違う私なのです。

そして、がん治療がどれだけしんどいものか、前に書いた
熊本の工藤房美さんの著書で知り、
勇気をもって治療に立ち向かう人の凄みを知った。

この部分も、以前とは違うニュー私です。


やっとわかりました。


認めざるをえません。

私は戦争のさなかにいる兵士なのです。


戦場は、第2次世界大戦最大の激戦の記憶として語り継がれている
インパールなみの場所です。
私はインパール作戦がどんなに激烈な苦しみをもたらすかわかっていながら
戦地におもむく兵士です。


なんで私だけ出征しないといけないのよ~~

きつい病気になった人は、一度は思うことでしょう。
なんで私だけ? 私が何か悪いことしたっていうの?

でも
ひょっとしたら
逆かもしれません。
私は何かいいことをした。おかげで、こんな機会をもらったのかも。

この危機的状況を乗り越えさえすれば、「がんのおかげで今がある」
と思う日を迎えるかも。
どういう「今」なのか、現時点では想像もできない「今」。


過去をふりかえっても、
想像力で描ける未来よりずっと素敵な未来が、
ちょっとキツイ時間の、その向こう側に、必ず待っていましたもんね。


長くなったので次に続けます。


工藤房美さんの著書はこちら

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「特定の思想を強く信じすぎていると、かえって自分に悪影響を与えてしまう」

2017may31.jpg
去年の5月末の桃畑。今年もこんなかんじかな。

がん治療にかかわって1年半たちました。
過去には、医学部の学生が読むような本を資料にし、
医療や医学の本や記事を書いて原稿料をいただいてた日々があったのですが、
実際自分がなってみるのと、書いたものを読むのとは大違い。

患者になってみないと、わからなかったとこと。いろいろなことをやってみたからわかったこと。
それを書きます。

医学に限りませんが、現代は専門性が特化しすぎて、専門家でなければ
最新情報についていくことは不可能だといわれます。

特にがんに関しては、他の分野以上に研究費が莫大につぎ込まれ、
日進月歩しているのでなおさらです。

個人的に、これまで関わりを持った医師で、誠実な人ほど「それはわかりません」という言葉が多かった。

いつもいってますけど、農業もそうです。
光がどうして効率的な植物の成長エネルギーに転化するか、ということさえも人間にはわかってない。
確実性がないのに、よその圃場で再現性がどれだけ高いか確認できてもいないのに、
栽培方法を断言し、アドバイスする人は、ショウバイはお上手かもしれないけど、まず「いんちき」です。

がん治療に関しても、断言する人たちがたくさんいます。
西洋医学の現場にもずいぶんいますけれど、
西洋医学の現場以上に、代替医療の推進者に断言者が多いというのが、
私の読書傾向がそちらに偏っているせいかもしれませんが、非常に目に付きます。


<代替医療の代表 安保徹先生>
安保先生の言ってることに助けられる言葉、参考になる言葉はたくさんありますが、
本人はガンの臨床の最先端にかかわっているわけではなかったので、そこを考慮しながら
本を読んだり、講演の動画を見たりしないと、間違ってしまうこともあるかと思います。
安保先生の言うこと、特に手術など具体的な治療行為に関して述べているところは
情報が古いかもしれないと思って聞くべきかと。


<アンチ抗がん剤の代表 近藤誠先生>
こちらも過去にはがんの専門家であったと思いますが、現在はセカンドオピニオン医として
ビジネスを展開されている方です。
最新のがん治療を知らず、医師という立場を利用しておショウバイされているともいえます。

(知人は十年間医療に頼らず乳がんをサイズキープ、十分にその状態は評価されることなのに、
5分2万円でご意見を聞きにいき、近藤氏が手術をすすめるのでさっさと手術してましたっけ)


私自身は、アンチ抗がん剤論者になったこともある、アンチ代替療法論者になったこともある。
いま、アンチ論を張るほど、両方の療法について勉強していないことは自覚しています。

じゃなぜ、かなり多くの人がアンチ論者になれるのか?
とくにアンチ抗がん剤論者の勢いは、どこもすごいです。

たくさん理由は考えられますが、
ひとつは薬の使い方を選ぶ自由は患者にあるのに、医者の言いなりになる人がとても多いからではないでしょうか。

自由を行使しなかった人が、「医者に身内を殺された」と言います。

治療を選択する自由を選ばなかった家族の罪はないのか? 

「言うとおりにしなかったら病院を追い出されるからそれはできない」

という言葉がその答えだったりしますが、
それが本当なら、医師法に反しているので、警察にいったらどうですか、と思いますが、間違っているのでしょうか。


最近、熊本市に住む工藤房美さんの本を読み、その翌日に会いに行きました。
彼女は村上和雄さんの「生命の暗号」に触発されて、自分の細胞に「ありがとう」を毎日何時間も言い続けることをして
全身転移したがんを消失させました。

彼女は放射線も、抗がん剤もフルコース使いました。
私も彼女に会ったとき、「抗がん剤をなんで使わないの」とたずねられました。
「術後補完療法をやって、あまりのつらさに1週間ももたず逃げました。私にあれは無理です」
と答えたのですが、
彼女自身が人の数倍の、壮絶な治療に耐えた経験をしているからでしょう。
「やればいいのに」
つぶやいておられました。

代替療法は苦痛が少ないので、とっつきやすいんですよね。

船瀬俊輔さんや一部のトンデモ医師が勧めているとは知らず、
知人に勧められてAWGという波動治療を毎日一ヶ月受けたことがあります。
都会と違って、とっても安価でしたので。

他のヒトには知りませんが、私には効果がなくて2ヶ月目にやめました。
でもそこの施術者に、過去のがん患者への治癒率を尋ねると、「百%」という答え。

効かないと判断し、フェイドアウトしていった人を分母にカウントしないと、当然そうなりますよね。

最近がん治療の新たな方法論として人気を博している心理療法家も
「治癒率85%」とうたっていました。

代替療法家は、たぶん全員がそれをしていると思いました。
正確な統計をとる気はなく、自分に都合のいいように数字を操作するということです。
(例外的な場所はもちろんあるでしょうが)

「がん」はひとくくりにされていますが、
本当は、3万人のがん患者がいたら、3万種の病がある、と思っていいぐらい病態が違うそうです。

10人や20人の成功例や失敗例で、「みんなそれで治ってる」とSNSで発信する人がおられますが、
違うでしょう。みんな? ここは怒っていいところです。


元がん患者の書いた本で、著者が私に近いキャラクターだという理由で参考にしている本に
「喜びから人生を生きる」(アニータ・ムアジャーニ)
という本があります。

彼女は身近な人が抗がん剤で死んでいったのを複数見たせいで、絶対的に抗がん剤を拒否しました。

知的な上、独立心が強く、上流階級の人でもある彼女は、
ありとあらゆる代替療法を試したのですが、どれもこれも効果をみせず、
ついに危篤状態におちいります。

しかし彼女は臨死体験をへてよみがえり・・・という顛末をかいたおもしろい話なのですが

その彼女が言います。

「私の癒しに必要なのは、信念を捨てることでした」

「特定の思想を強く信じすぎていると、かえって自分に悪影響を与えてしまう」


代替療法で自分にすごくあうものがあるかもしれないのに、すべてを拒絶するのはもったいないかもしれないし、

抗がん剤で自分にすごくあうものがあったら、使ってみないのは損かもしれない。


現実をみれば、私の周りに、


【A】抗がん剤で寿命を延ばし続けている人も、末期宣告からよみがえり十年以上生きた人も複数います。
【B】代替医療のみで、がんを消失させた人も複数います。
【C】抗がん剤と代替医療の両方をやって、がんを消した人も複数います。


私の小さな人間関係でこれだけいるのだから、
世には莫大な数の、【A】【B】【C】がいるでしょう。


私の周囲で多いのは、抗がん剤と代替療法を併用した【C】です。
おそらくそれが世間的にも多いと思われます。
抗がん剤と代替療法を併用しているのに、
体験談を紹介するメディアが意図的に【B】代替医療だけで治した、と紹介する例は多いです。


また、癌サバイバーの本でも、抗がん剤で苦しんでいるところはおもしろくない部分なので
「術後補完療法を3クールやりました」と
あらすじやプロフィール、ネット記事では省かれがち。
人の気を引くのは、おもしろいのは、エンタメになるのは、奇跡の代替医療の部分だから。


アメリカでは代替医療の比率が伸びていますが、
それを試す人は、生活にゆとりのある、知的な層がほとんどで、西洋医学拒絶派が多い。
西洋医学に比べて代替医療で治そうとする人の死亡率が高いというデータがあるのは、
そのせいもあるかもしれない。
西洋医学という選択肢を拒絶する自然療法一本のひとは、早く亡くなることが多い。わかる気がする。

代替医療についやした1年があるからいえるのですが、
代替医療だけで治すのも、いうほど簡単じゃない。
簡単に治るようなことを言う人が多くてときどき辟易します。

抗がん剤の良書は絶版になるのが早く、奇跡をうたう代替医療の本は版を重ねるものが多い。
それだけ、標準治療に絶望して奇跡を求める人が多いということでしょう。

奇跡の本に紹介されている療法を採用して、
死んでいく人は、誰にも数えられないし、データにのぼりません。
アメリカは医療機関で代替医療をやるから、正確にカウントできるんですね。

「食事療法だけでがんを治そうとしていた父が、最期の時期に、
おれがやったことは間違っていた」

と話したというエピソードを読んだことがありますが
出典を控えていません。これは少なくない話だと思います。


抗がん剤も、漢方薬やびわの葉温灸などの代替医療も、
「これで治るという信念がないと、効果がない」
とは、多くの人が口にすることだし、真実だと思います。

信念さえあれば、酒もタバコも大量のスイーツもただのビタミン剤も、ガンを消失させた例があるそうですから。


「特定の思想を強く信じすぎていると、かえって自分に悪影響を与えてしまう」

と、このブログのタイトルにしているアニータさんの言葉は、
抗がん剤を拒絶しすぎた自分へのいましめも含まれると受け取っています。
彼女は代替医療の推進者として活動しており、抗がん剤を勧める発言はこれからもしないと思いますが。




みなさま、うちの桃(予約販売中)と、ブドウと、柿と、イチゴを
よろしくお願いしますね~~~

お買い物は↓


錦自然農園フルーツストア

桃の完熟収穫について

桃の収穫まであと一ヶ月になりました。


今年は、今のところまでは、気候に恵まれていて、

去年のように実がついてない! という不幸からまぬがれています。
去年の不幸は春先に雨が多くて、みつばちが飛び回ってくれず、受粉が十分でなかったのでした。
受粉しないと、いくら花が満開にさいても、果実がつかないんですよ。
あたりまえですけど。


今年は長い春だったので、
受粉はばっちり。実もばっちり。
じっくりと、いい桃を選別し、精鋭の桃以外をどんどん落としております。


去年は、桃の収穫量が少ないという問題があったけれど、
糖度の高さは、歴史に残る(?)レベルでした。


肥料をやっていないので、桃にありがちな苦味がなくて、すっきりと甘いのはいつものことでしたが
おいしかった。



しかし問題が。
あとでわかったのですが。

収穫期の天候が非常によくて、
かなりかなりおいしくなったまではよかったけれど、
そこに、巨大なデメリットが張り付いていました。


デメリットというのは、脆弱さ。


もとより錦自然農園は、どの果物も、完熟収穫を旨としています。


15年の経験がありますから、輸送に耐えないかどうかは
完璧にはわからないけど、かなりわかっている
だけど、去年はその経験知をこえていた。

桃は旅立ったあとで、弱くなりました。


世間一般の桃は、ほんとに、硬めのときに早めにちぎって
それがゆっくり時間経過で柔らかくなり、頃合よく食べる人の手に届くことを目指しています。

頃合よく「おいしくなる」ではなく、頃合のいい「見かけよさ」になるという意味です。

見かけよくなったところで、ちぎった瞬間から腐敗に向かうのが作物のアタリマエですから

早めにちぎったものがおいしい桃にヘンシンすることはないですよ。
おいしさの頂点は、ちぎったときです。


表面の美しさ優先
おいしさを犠牲というのは、
農業経営からみると、理にかなっています。とても。


美しさを優先するためには、早ちぎりがイチバン。
硬い桃を収穫しないと、ベルトコンベアーで選別することもできない
完熟なんてありえない。


これが世間の常識です。ベルトを使うのは大産地だけですが。
JAを経由する桃は、色がついていればちぎってOK。
形と色、大きさ、優先。
見た目のみです。



おいしいを優先するためには、完熟収穫。
錦自然農園はこれ。農業経営はあまり考えてない。


でもそれは、
あんまりよくないよ
送りなおしするうちの財政赤字は増える一方だもん
収穫はじまるまでに、そこんとこたっぷり考えてよね!


とツマは思ってます


この問題は、品種によります。

もともと硬い桃もありますから。
もともと柔らかい品種の桃が、難しいのです。
うちの場合それは、「前期の桃」。



今年は
受注にも収穫にもクレームにも一切タッチしないツマですので
今日は調子がいいので久しぶりにかいちゃいました
あとで怒られるかもです
PCに向かうなって!


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