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尿療法は効かない

これをしていたことを今日まですっかり忘れていました。
去年の9月に希望をゼロにさせられる宣告を受け、そのときから二ヶ月間したのです。
このことはオットには言いませんでした。
パートナーがそんなもの飲んでいると知ると、気分よろしくないかもしれない。
私だったら知らせて欲しくないと思いまして、伏せておりました。

そもそも飲尿の世界を知ったのは今から十年以上前のこと。
友人がミャンマーの寺に出家するにあたり、「これから医療を受けられない世界に行くのだから飲尿の習慣をつけておきたい」と始めたことを話してくれて、その関連書籍を貸してたのがその世界に触れた最初でした。

本はおもしろくよみました。
本で知ったことをそのまま別の友人に話したら、その人は素直にやりはじめ、今15年たっていますが、いまだに続いているらしいです。

私のほうは、やってみればと勧められたときに、偏見だけでやらないと決めない、と決めているので、ものすごい心の葛藤を抱えながら2回だけトライしました。あまりにも精神的嫌悪感のあることをやってしまったせいなのか、飲んだ瞬間背中の骨をお尻のほうから上に向かって電流のようなものが走ったことを覚えています。

で、2回やったきりやめました。
私の友人にオーガニック系が多いせいだと思いますが、その道の経験者や実践者がその後の人生に次々と現われました。
その多くはなんらかの病気や不調を抱えている人で、やむにやまれず手を出した、という人ばかりです。
実践者はハンで押したように同じことを言うのです。
「慣れたらお湯を飲むのと同じ。自分の体調の変化が飲むことでわかるし、やめる理由がない」

はあ、、、、、です。もうそんなの、聞くだけでうんざり。
がんになったことを伝えたとき、実践者の友人たちは全員、「やればいい」と勧めてきました。
「いやあ、ちょっと無理でしょ」と私は答えました。
「こんな局面になっても、やれないもんかねえ」とひとりはつぶやいてましたけど、無理なものは無理です。

考え方が一転したのは、腹部に大きな腫瘍が発見された9月でした。
化学療法をしないのなら1年もたない。半年かも、という話になってましたが、術後の化学療法でゼロックス療法というキツイのに耐えられず敵前逃亡してしまいまして、もう化学療法にもどる選択肢はないと思っていました。
結論としてゼロックスよりはるかに副作用のない薬で効果を上げている今日この頃ですが、少なくとも当時は「化学療法二度と無理!」と確信していました。

死刑宣告(!)を受けて病院を出た私たち夫婦がしたことは、自由診療のお医者さんを訪ねること。
なぜそこに行ったかというと、勧める友人がいたからです。
前からその人物を知ってはいましたが、はっきりいうとうさんくさいと思っていました。
その医師はマクロビの食事療法の指導とびわの葉温灸といくつかの健康食品を売っていました。
相談料2万円。
でもその時の私たちにそれがうさんくさいとか高いとか考えるゆとりはありませんでした。
病院に頼れない。でも誰かに希望のありかを指し示してもらいたい。望んでいるのはそれだけでした。

その医師から某病院の放射線は私にも適応される新技術のものだというガセネタを教えていただき、教えられた病院を訪ねましたが、絶望を深めるだけの結果に。
病院からの帰途、絶望の車中で、「とにかく笑おう」というオットの進言でユーチューブから探し出した漫才を聞いてみましたが、ひとつも笑いどころがわからないうちに終わってしまった。「あれ?おわり?」と言ったおっとのことばで初めてうすく笑いました。
漫才と落語と漫談と、とにかく笑えそうなものを片っ端から探していましたけれど、笑えないのでありました。

オットはネットで、私は本で情報をさがしはじめました。
そして私の足のつま先にコツンと触れたのが尿療法。
それについて書かれている本を絶版になっているものも含めて6冊くらい読みました。
代替医療の情報は、ネタが何であってもだいたいそうですが、成功事例集になります。
治った例を集めている。その方法が失敗した事例についてはまず書かれていない。

フランスのもの、アメリカのもの、日本のもの、いろいろ事例集は集められますが、どれも根っこは一緒。
尿でがんが治せる理屈はわからないけれど、治った人がいる。本当に治ったかどうか、最後まで追跡されてはいないので不明だけれど、少なくとも一時的には回復した例がある。それも複数。

複数というだけです。
その方法をためした患者数はどれだけあったか、それに対して成功数はどれだけあったのか、実績を正しく紹介し、比率を教えてくれる本はひとつもないのです。


だけど、無料でやれて、試すだけなら損はない、と考えるチャレンジ好きな患者はそれだけで試してしまうのです。


これだけエビデンスのない療法なのに、タダなものですから、おっとに内緒で初めてしまいました。
最初は50ccくらいからはじめて、じょじょに量を増やし、ある医師が推奨する量の一日800ccまで飲んだ。
これはもう狂気といっても過言ではないでしょう。

がんを自然療法で治そうとしている人たちが読む月刊誌にも、ときどきそれをやっている人が出てきます。
患者だけでなく、おおまじめで推奨する医師もひとりや二人ではないのでした。
医者が言っているのならそれもあるのかもしれない。
メカニズムがわかってないからといって否定してはいけないのかもしれない。

このころ、朝起きると朝いちばんで「それ」を飲まないといけないという規則を自分に課していました。
飲みなれてきたとはいえ、好んで飲んでいるわけではない。飲みたくないなあと思う。
それでも「飲まないと死んでしまう」という気持ちだけで、飲むために起き上がるのでした。

こういう行動を始めてみて、初めて、「死にたくない、生きる」と思っている自分に気がつきました。

「今しんだら、農家にとついで苦労したあげくに死んでしまった」というストーリーに自分がくくられてしまう。
それはいやだ、と思いました。

5歳のときから、肉体はただの肉体だと認識していました。
肉体にはいった魂だかなんだかわかりませんがその「何か」が私と合致するものであり、「肉」は私ではない。
そういう意識があったせいかどうか、死ぬことを日常的に受け入れながらその年齢になっていました。
がんの宣告も再発の宣告も淡々と受け入れられたのは、そこに関係があるような気がします。

しかし、そのうち死にますではなく半年後といわれるとそれはどうしてもいやなのでした。
まあとにかく、イヤでしょうがないことをするのも、何かの縁だからやってみる。
ネットを見てみれば、「飲尿をしていたに違いないあの有名人もがんで亡くなったから、がんに飲尿が効くというのは間違いである」などと書き込まれていました。そういう文言にはいちいち心がぐらつきました。
効かない人もいれば効く人もいる。
効かない人の話を頭に入れてはいけない。
今は効いた人の話だけを信じることにしよう。

とにかく、やり始めたことは少なくとも3ヶ月はやらないと結果がわからない。


そう思っていたのですが、2ヶ月で終了しました。
やめた理由は簡単です。

がんの代替治療を行うサロン的な場所で、正確な名前はわかりませんが、指から出る何かの電気的な信号で健康診断した結果が、二ヶ月前よりひどく悪くなっていたからです。

「何かしました?」

ときかれて、素直に「飲尿を」と答えました。
おっとも横にいました。

「あれはねえ、効きませんね」

とその人が言いました。

「うちの息子がひどいアトピーで、何をやってもよくならない。これをしたら治るから、と嫌がるのを無理やりやらせたんですよ。でも、ぜんぜん効きませんでした。息子にはいまだに無理やりやらされたことを恨まれています」


尿療法をしている人は周囲に多いけれど、「効かなかった」と断言されたことは初めてでした。
すぐにやめるかどうか迷った気がしますが、おっとが「やめるよね」と言ったとき、「はい」とうなずいていました。


この方はいってみれば、何の免許もなく、がんで行き詰まっている人に、こんな方法があるよ、と代替療法を教えたり、じっさいに施したりすることでお金を得ている人。
私はこの方には一度もお金を払っていませんが、情報をいただいたり、よくわからない方法で健康チェックをしてもらったりしました。
この方に連絡をとったのは、「プラズマ療法」というのができる場所だったからです。
プラズマ? わかんないですよね。
がんの代替療法についての話は続きます。




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26年目のセカチュー

このタイトルの本、映画、ドラマが流行ったときは、まったく興味がもてなかった。
白血病にかかった美少女が死ぬドラマが涙を誘うのは当たり前でしょう。
そういうのずるいんじゃないですか、と考えるタチなんです。

2004年、綾瀬はるかが普通の女優から人気女優に脱皮するきっかけになったドラマが「世界の中心で愛を叫ぶ」というドラマだったそう。
いまやアマゾンプライムでテレビドラマが無料視聴できる時代なもんですから、見てしまいました。
筋肉のしっかりした陸上選手の高校生が瀕死の姿になっていくプロセスが綾瀬はるかのかれんさとともにみごとに表現されていて、脚本も演出も演技陣も一流ぞろい。一度見始めたらとめるのが難しい。二日かけて全話視聴しました。

がんで死んでいくむすめっこのドラマなんか今見なくてもいいじゃん
と自分でときどき突っ込みをいれていましたが、見てよかった。
何がよかったかというと、わたしはついている、という実感を得ました。

何がついてるって高校1年生で発病して1年で死んでしまうというのは、実に悲しい。
自分をかえりみると、もう50年も生きている。ついてるな。
恵まれていることだなあと改めて思いました。

1950年なら50歳が平均寿命。もう十分に生きたでしょう、といわれたであろう年齢です。
最近は80歳でも90歳でもまだまだもっと生き続ける希望に満ちているので、50歳で十分ですなんていうと、なんと後ろ向きな、と叱られるかもしれません。
しかしやっぱりいってもいいでしょう。もう、54年も生きたと。

主人公と同じく私も絵本の編集者になりたいとその現実化をまじめに考える高校生でした。
恥ずかしいので人に話したことはほぼありませんが、高校生にして入りたい出版社も決まっていて、ふたつの出版社にはがきをだして入社条件を質問しました。
17歳で死ななかったおかげで、高校生のときの夢は半分以上かない(絵本編集者への道はあきらめたけど)
高校生の私が夢見た以上に編集の仕事は楽しくて、主人公が夢見たように仕事で世界各地を訪れることができた。

そしていくつか楽しいれんあいをへてこれ以上願いようのないオットを得られた。

テレビドラマ「セカチュー」をみて得た感想の最たるものが
自分はなんて恵まれているのだろうなあ、というのは普通かどうかわかりませんが、
このドラマをみた多くの人がちらりとは思うのではないかな。
人生に倦んでいる人は見てみるといいかもしれません。

私の場合、主人公の恋人が死んでいくシーンなんか見ると、「がん=死」の概念が刷り込まれてしまうかしらと懸念もしながらドラマが進んでいくのを見てましたが、まあ、結論はそのとおりでした(笑)。
映画バージョンは見るのをやめときましょう、と思います。

とはいうものの、死をネガティブなものにとらえることの極端までいっているこのドラマは、ネガティブのさいはてまでいって反転し、死のポジティブな側面をみるものに伝えてくれるのでした。

原作は読んでないのですが、映画も見てないのですが、セカチューのおもしろさの肝はここにあるのかもしれません。

死はとても普遍的で、つねにずっとあるものなのです。
死んだ人の記憶を周囲の人はのみこんで、体のなかに溶け込ませて、その先の日々を生きていくわけです。
なにも特別なことではなく、毎日すこしずつ死んだ人の記憶が薄れていき、そのうち思い出すことがまれになった、と気付く。


死を特別なものだと扱いすぎて、人生がこんがらがってしまった主人公。
恋人が死んだあと17年も、自分が生きたがっていることに気づかないというのは・・・・。
これは男女の違いなんでしょうか。
彼のような男は、その父親が指摘するとおり、ちょっとズルいなあと思いました。
セカチューの熱狂的なファンはたぶんほとんど男でしょうね。


飛行機が太平洋の上空で乱気流に巻き込まれたとき、大揺れが始まった瞬間に、両手のひらがしっかりとひじあてをつかむのを見て、「こいつは死にたくないらしい」と自分に思ったことがあります。

車がきてないか左右をしっかり確かめて道路を渡るとき、おなかがすいたらごはんを食べるとき、キュウリをきるとき包丁を乱暴に扱わない自分の手をみるとき、死にたくないという意思が発動して体を大事にいたわっているのがわかります。


死にたくないのか、死にたいのか、その意思は自覚されていないけれど一瞬一瞬の体の動きを通して発動されている。
死にたくないならちゃんと生きればよろしい。
死にたいなら死んでもよいという生き方をすればよろしい。


たとえば昔、女ともだちで自殺未遂の常習者がいたのですが、「死んでもいいと思っているんならカンボジアとか(当時は危険な国だった)いって、孤児をお世話するとかのボランティアしてきたら」と言ったことがありました。
言うまでもない話ですが死にたいと口に出し、ハンパ自殺行為を繰り返す人の多くは、ものすごく生きたいと思っている人なので、この提案は、よくわからない理由で却下されました。


セカチューで主人公の恋人は、高校生で死ななくてはならない身の上をゆっくり受け入れていきます。
この受け入れは、やすらかな死を迎えるために不可欠なものだと思います。

考えてみると映画やドラマでがんが扱われるときに、代替医療にすがっている人の姿はまず描かれません。
みなさん、標準治療を受けています。

標準治療だと、医療の限界が示されるので、患者はいのちの限界を受け入れざるをえないのです。

代替医療だと希望をつなぎ続けることができます。死にかけても、最後に息を吹き返し、がんを消滅させたストーリーも少なからずありますから。

代替医療に希望をつなぎ続けていると、最後の最後に奇跡が起こるストーリーが期待されているので、いつまでも受け入れ態勢に入ることができません。

死を受け入れざるをえないと気づくのは、代替療法で奇跡を起こせなかった自分の敗北を認めるときになります。

人生の最後の最後に、「私はできなかった」と思いながら「わたしは劣っている」「わたしは失敗した」「わたしは結局いつもこうだった」なんて思いながら、死の床にいることになるわけです。


奇跡のストーリーが自分にも起こると希望をつなぎ、死を受け入れていない末期がん患者の姿というのは、たぶん、がんでない人からみると、見苦しいものであろうかとおもいます。

がんでない人からみれば、末期がん患者には、死を受け入れて恬淡としていて欲しいのです。

がんというドラマを、鑑賞にたえるものにするのに必要な一要素が、「死を受け入れて死んでいく患者」です。
代替医療を選んだといううわさされる有名人に対して、非難が浴びせられるのがずっと不思議でした。
人の選択をどうして非難できるのかなあと。

ひょっとすると、死にいく自分を受け入れていない、そのジタバタさ加減が、がんに関係ない人には気持ちを落ち着かなくさせるのではないかと、疑っております。


それを裏付けるわけではないですが、

キキキリンの死後の、「彼女は死を受け入れて生きた」というストーリーに対する激烈な支持。
そんなに「死を受け入れる」ことは美談なのか、と思わせるほどです。


代替医療によってがんを治そうとする人たちの集まりをネットで見る機会は、なかなかないと思いますが、
そこにあふれているのは、

「死んでもいい」なんて思ったら負け!
「ぜったいに生きる」と思わなくちゃ!

という論調です。

私はそれにも疲れます。
だって人間毎日死に向かってすこしずつ前進しているのに。
そんな生命の自然に反することを望むのは難しいです。

奇跡のようにがんが消えてしまうことは、代替医療だけでなく、標準医療の世界にも存在します。
勤務医の忙しさで論文発表をしないだけで、おったまげーなことを経験したことのある医師は少なくないらしいです。

それでも
「奇跡なんかないですよ~」と口にするのが医者のふつう。
「奇跡はいつでも起こりえる」と口にするのが代替医療の世界。
どちらが患者にとってプラスなのか。

病気になる前は、ポジティブなことだけ頭にいれていればいいんだ!と思っていましたが、
そんな単純なものじゃないんです。
代替医療だけで完治するのはものすごく少数。完治どころか悪化していくのが大多数。

代替医療の指導者たちは、
結果が得られないかれらに対してこういいます。
思い方が足りなかったとか、考え方の根本がまちがっとるとか、もっと私の話を聞いてわが身をふりかえりなさいとか。
意見はいろいろありますが、どの患者さんもすさまじくがんばっています。
(代替医療で治そうとするあちこちのグループに所属しています)

代替医療のみに運命をかけると、死生観に大きな影響がもたらされます。
お金で希望が買えるなら、と代替医療にのぞみをつなぐ人を標的にしたビジネスがちまたにあふれています。
代替医療を売る人たちに、死生観を販売している自覚はないでしょうが。

「奇跡的治癒なんて自分には起こらないから私は標準治療以外考えられなかった」
といった友人がいました。
賢い人だなあと思いました。
私を含む賢くない多くの人は、自分には奇跡が起こるんじゃないか、とこっそり思っています。
病院の標準治療を避ける人の何割かは、奇跡が起こるのを邪魔するから、または奇跡が起こったときにストーリーがつまんなくなってしまうから病院治療を受けないと思っています。



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がんになったら代替医療か標準医療か

すこし前のこと、親しい友達と話しているとき、
「自分ががんになったらどういう治療を選ぶ?」と聞いてみました。
間髪いれず彼女が答えました。

「病院には行かないかな。自然療法で治そうと思う」

ちょっとびっくりしました。
「ちょっと」はいらないな。正確にいえば言葉を失いました。

彼女は私のブログを読んでいないし、私がこれまでに何を試し、どれほど効かなかったかを逐一話していないけれど。
いないけれど、私が代替医療一本で治そうとしているときは、歩くのも難儀なゾンビ顔を見ていた。
病院で治療を始めてからというもの週を追って元気になっていく様子を横で見ている。
玄関をヨロヨロと出てきた人が
玄関から走って出てきたよと、
目を丸くしていたのはほかならぬこの友人だった。

それでも、自然療法がいいと思う? 
ということは?
自然療法がそんなに素敵なものだと思っているその理由は何なのかな?
いや、聞いてないです。訊ねたところで不毛な議論になりそうだし。
こういうことは宗教と同じ。
自然、天然、オーガニック
こういう言葉にこそ真実がある、と信じている人は最近増え続けていて、わたしもその中のひとりだったといえます。
自分のことだからわかるのですが、そういう人たちには、現代医学ががん患者の寿命をすこしずつ延ばしている、なんて話は耳に入りません。

ちなみに自然療法という言葉は、代替療法と置き換え可能な意味で使っています。標準治療以外の方法を指します。

私の主治医がよく言います。
「内布さんと同じですよ。説得しなくても、ものすごく苦しい局面になればおのずと変わりますよ。自然療法をしている人は、まだ余裕があるということです」

ただですね。
手術してしまえばさっさとすむことも多いのに、そこで手術を拒否して、わざわざ悪化させるのは、もったいないと思います。
また早く化学療法を始めていれば大きくならずにすんだものを、わざわざ悪化させてから治療するのも・・・。
自然療法でいこう、と今の時点で決めているのはかまわないけど、万一ことが起こったときに、そういうもったいないことをしないでほしいな。

ひょっとすると彼女も、「がんはゆっくり大きくなる」と信じているのかもしれません。

がんの成長スピードは個々で違うんですよ。
すごく早いスピードで成長し、食事療法で治そうとしているうちにひどくなり、
クリニックから「病院にいけ」と放り出された人が身近にいます。
クリニックもやってくれますね。最初から「がんを食事では治せない」といって放り出してくれればよかったのに。

でもそうじゃない人もいますから可能性をはなから捨てるのが難しいですね。
自分のがんの状態を知って方法を選べたらいいですね。
悪いほうになってしまったときのことを考えましょう。

悠長なことをしているうちに、がんが大きくなってしまって最初のがんができたところからがん細胞が外に出てしまったら、コントロールするのがどんどん難しくなってしまいます。
それががんの面倒なところです。
別の臓器などにがんが飛び火してしまったら、最初のがんとはすでに違う種類の強さを手にしてしまうので、もう手に負えない。

一部のがんは切除が可能です。7回とか10回とか、転移のたびに手術で治した人の話もききます。
人は、そういう人の話を聞きかじると、「大腸がんは転移したって大丈夫」と思い込みます。
「●●さんも、●●さんも、転移したけどすぐ治って元気になったから」なんて言うのですが、がんは人によって違うので、がん種が同じだというだけで、みんな同じように考えるのは危険です。

たとえば女性のがん死因トップの大腸がんは、転移した場合、無治療なら8ヶ月、治療すれば2年というのが中央値として割り出されるところの余命です。
中央値というのは平均値とも違うのでわかりにくいですが、なぜ平均をとらないのか。
それは人によってあまりに違うから。平均とったところで意味がありません。

ひとのがんと自分のがんは必ず違います。
雑誌や本やSNSで紹介されている人のがんと自分のがんが同じなわけない。

ひとことで「標準治療」というものの、その標準治療もガイドラインに沿って個人にあわせた治療法を医師が患者別に選び、調節し、いってみればカスタムメイドしているのに(全ての医師がそれができているかは別にして)、がんというだけでおおざっぱに「この治療で治る」と言い切れるわけがない。

それにしてもまだがんにもなっていない友人に、「自然療法でがんを治すなんて考えないほうがいいよ」と反論するのは無駄なこと。わかってます。

「がんになったけど手術をすすめられたけど手術はしない。
これから食事療法と免疫療法とびわの葉温灸と波動療法と温熱療法と陶板浴と春ウコンとフコインダンとキノコ類とプロポリスで治す。
ちょっとお金かかるけど、初期にきっちりお金かけておけばあとで払わなくてすむし。
病院で治療費払い続けるよりずっといいから」

と、言ったときに
「ちょっとまってくれ」といえばいいだけ。そこから説明を開始しよう。

だけど、そのときに私がいなかったら話ができないので、今のうちに書いとかなくちゃ。


彼女は過去に体をこわし、自然療法によって元気になった経験の持ち主です。
自然療法を信奉する理由の大部分はその経験によるものと思われます。
私は友人に次のように言わないといけません。


「病院で診断が出ないような未病(まだ病気じゃないけど不調)は、食事療法やビワの葉温灸やヨガや太極拳でよくなる人がたくさんいると思うよ。それはそれで間違ってないと思うよ。
でもがんは違うよ。

自然療法で治った人もいるようだけど、それはがん患者の全体数からみるとものすごく少ない。
たちが悪いことに、成功したすこしの事例はメディアに取り上げられるけど、失敗した例がメディアに出ることはほとんどない。まったくないといっていいくらい出ないよ。

自然療法(代替療法)で治療して効果を出せず死んでいったたくさんの人たちの遺族は、がん患者さんの失敗談をめったなことで人に話さないよ。

そして自然療法で治ったという人の多くは、病院治療もしているんだけど、そのことがなぜかあまり言われない。病院の治療を受けたことは意図的に伏せられていることが多いよ。

さらに自然療法で治ったという人でメディアによく取り上げられる人の中には、
じつは本当は、がんじゃなかったのではないかと強く疑われる人たちがいるよ。
なぜ「元がん患者」という経歴詐称をするのかというと、「元がん患者」ステイタスで本もでっちあげられるし、講演会や講習会のビジネスも成り立つからみたいよ。
これはなぜか女性に多い。
女性+重病=はかなげでよいイメージ=だましそうにない
ってことかな?


病院治療の結果は残るけれど、自然療法でがんを治した人がいる、という情報がどれくらい確かなものかは、確かめようがないよ。

これだけ情報が不確かなのに自然療法で治療をするなら、病院治療を同時にしないと、自然療法だけでがんを治そうとするのは、宝くじを買ってあたりを待つようなことになってしまうよ。

もし自然療法だけでと思うなら、主治医をもって、病院で画像診断などの定期チェックもしながらにしてね。

標準治療よりこっちがいいですよ、というショウバイをしている医院(クリニック)の医師にだまされないでね。

これをすればがんが治る、といってる商品を買わないでね」


きりがないけど、もう一つ言うなら

自然療法(代替療法)を使うときは、「標準医療」を受けて、なお金銭的な余裕があるときにしてね。

「がんを病院で治すなんて」
「標準治療を受けてどうするの」
「抗がん剤、放射線、手術をするからがんが悪化する」
という主張をしているウエブサイト、本、広告、SNS(フェイスブックなど)からは大急ぎで立ち去ってね。



自然療法で治ったというストーリー自体に虚偽があると疑われる例のひとつはコレです。
この本が売れている理由はタイトルにあります。
「食べものだけで」がんを治せるものなら治したいとすべてのがん患者と家族が思っているところをついたタイトル。
でも宝くじレベルの少数をのぞいて、そんなことはできないですよ。
この本の著者も各種の治療を受けていて、けっして「食べものだけで」なんて無謀なことをしていません。


しつこく繰り返すけど、するんだったら病院の治療を受けながら食事療法をしてくださいね。

『食べ物だけで余命3か月のがんが消えた』



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スモーキング・ブギ

福岡には二ヶ月に一度くらい行きますが、いつも突然思いついて行くので
短い滞在でさっさと帰ってきます。
数ヶ月前、その短い滞在中に東京から女ともだちが出張で来ていることがわかり会うことに。
ともだちネタが続きますがそのときの話。


ある雑誌の編集部で出会い、20年前からの飲み友達。
独身で、フリー編集者・ライターで、仕事が趣味で、鯉とグルメと本が大好物という共通項につながれて、お互いのすったもんだのじんせいを見てきた、まあ言ってみれば戦友。

5年ぶりにあった彼女は、
いつもそうだったように、カンペキにおしゃれで隙のないコーディネイトは変わりなく、
聞いててワクワクする楽しそうな仕事をしているのも変わりなく、
たばこを吸っているのもやっぱり変わりなかった。

話題はわたしの病気のことから、共通の友人たちの話にうつり、
カメラマンのだれさんとライターのだれさんが組んで飲食店を開いたとか、編集者のだれさんが地方再生のプランニングの会社を興したとか、逆にたいへんなことになってるだれさんとかの話とか、人のうわさ話で激しく盛り上がり、
何よりもいまやってる仕事がお互いにとって興味が尽きないから質問が尽きず、
時間制限あるなかでのつかのまの邂逅であるせいもあり、2人ともいつもの十倍のマシンガントーク。

そういうなかで、言う話じゃないよね

と最初は思ってました。
だけど、途中から気が変わりました。
今日言わなかったら一生言わない。そして言わなかったことを後悔し続ける。
私がおせっかいな性格なのは母ゆずりなんです。それはときに社会性が低いという域に達する最高レベルのおせっかい。
わかってます。自覚してます。
でも言うよ。言わせていただくよ。


「たばこ、やめないの?」

「うん。やめない」

「やめたほうがいいよ」

「・・・・・・・」

「こんなこと、誰にでも言わない。たばこやめてほしいよ。おねがいします」

「あのねえ・・・・」

「がんになる、って言われているものたくさんあるけど、たばこに比べたらそんなの屁だよ。

放射能がどうとかって移住してまで避ける人いるけど、福島に住むのとたばこ吸うのとどっちが発がん可能性高いかって、比べるまでもないよ。たばこ吸うことだよ。

マクドナルドがどうとか農薬がどうとかあれ食べたらダメとか盛んに言う人いっぱいいるけど、
何食べたって、たばこほど悪くない。

がんになる理由はたくさんあるし、ほとんどは事故にあうみたいなもんで避けがたいけど、タバコ吸うこと、そしてお酒飲むことが加わったら、リスクが凄く高くなる。

で、女性だとリスクはさらに高くなる。●●は、こんなこと知ってるとおもうけど」


「あたしねえ、死んでもべつにいいの。
好きなものやめて、長生きしようって考えがはなからないの。
だから、そうやって言ってくれてありがたいけど、いいんだよ。早死にしたいんだから」


「私、死んでもいいっていうことだったら●●よりずっとそうだった」

「だよね。原始仏教とか非二元(アドヴァイタ哲学)とか、あなたには頭にというより体に入ってるかんじしてたけど、そうじゃなかったってことなんだ?」

「つまり、ある意味、死よりも生に目覚めた。医者に何をいわれたところで、おっとに申し訳ないくらいオタオタとできなかったんだけど、今はそのときのわたしじゃない。それはどういうことかっていうと、生きてることのラッキーに気づいたっていうか」

「・・・・・・」

「今になるまで、この立ち位置にくるまでわからなかった。私毎日しあわせなの。夜、自分のしあわせさに興奮して眠れなくなるくらいしあわせ。

それはおっとがいるからとかじゃないよ。痛くなくて、元気で、呼吸して、歩いて、しゃべって、料理もできる。一日のいたるところで、しあわせだあって気づいてそのたび、うわあラッキーって感激してる。ヒデキだよ」

「・・・・・・・」

「どうでもよかった自分の生き死にが、どうでもよくなくなった。うーん、そのことば、ちょっとちがうな。
死に行く生命は全生命の宿命だから、そこに逆らう気持ちは相変わらず全然ないな。だけど、自分がたまさかの幸運でいただいているいのちを、可能性のある限り、ダイヤモンドを大事にするみたいに大事にしようって思うようになってさー」

「ダイヤモンドだったら大事にしないでしょうが、あんたは」

「そうだった(笑)。

まあ、こんなふうになってから自分のダイヤモンドに気づくのもありだと思うし、それは人それぞれだけど。
だけど●●は、わたしのともだちだから、わたしの話が今日耳に入ったんだから、今からダイヤモンドをだいじにしてほしいわけ。

だいたい、がんになったからって、簡単には死ねないから。

痛くてつらいとか、金がない苦悩とか、働けない寂しさとかを途中で通過しないといけない。

とりあえず●●はすぐにがん保険に入れといいたい。
がんになったとき、ひとりもんで、東京で、個人事業主でって考えたら、きついこといっぱいあるよ。
もし万が一、●●がわたしのような目にあったらと思ったら、かわいそうで今からでも涙でる。

いくら人間ドックしたってがん種はいっぱいあるし、全可能性をチェックできるわけじゃないから、避けられないものは避けられないし、なるときはなる」

「うそ・・・・」

「早期に発見したら大丈夫っていうがんばかりでもないしね。
発見が遅くなくても、できる場所が悪かったら人工肛門が避けられないこともあるんだよ」

「え! まじ?」

「まじです。膣の切除とかもわりと珍しくないみたい。がんはいっぱいあるからね、美貌が激しく損なわれるがんもある。
死ぬことと抗がん剤で吐き気が、とかしかテレビで取り扱わないけど、それだけががんの苦痛だと思ったら大間違い。

がんって早い時期から痛くなる人は痛くなるよ。死ぬ間際だけ痛いというのは誤解で。

病院行きません、治療受けませんなんて今だから言える。そんなこと言ってたらめっちゃ苦しい目にあって最後に駆け込む。あたしみたいに。駆け込めたわたしはまだラッキーで、かわいそうなことに駆け込む先がない人もいる」

「そうか」

「たばこ、やめてほしい」

「ありがと。なんであたし、知らなかったんだろ」


(この場合彼女が知らなかったのは、たばこのリスクじゃなくて、がんってどういう病気なのかメディアにさんざん書いてるはず、読んでるはずなのに、必要なことは知らなかったってことですね)


ほんとうは全員にいいたい。


がんになるのは一部の運が悪いひとだけ、たばこをガンガンすってたうちのじーちゃんは、天寿をまっとうしたから大丈夫

とか思っている人たちに。

たばこはやめなさい

って。


たばこくらいで、そんなもんくらいで大損するのは、愚かだと思わないかな。
友達や家族があなたのせいで泣くようなことになりたい? 自分からそうなる可能性拡げてるんだよ。
あなたがたばこをやめられないのは、ニコチン中毒だからですよ。
禁煙外来はどんな田舎でも都会でもやってるから、内科にいけばよいですよ。
私も行けばよかったよ。うちのおっとは行ったよ。三日で止められたよ。
ニコチンという化学物質に踊らされている自分をやめたら、なんでこんなことしてたのか過去の自分を理解不能って思うよ。


煙の出ないたばこなんか吸うくらいならスカッとやめて、リスクを減らそうよ。
喉のがんになったら、声が出せなくなったら、イヤじゃない?
(べつにイヤじゃないから。って声帯を切除してもたばこ吸ってる人を実際に知ってるが)


食道のがんになったら、食べれなくなってしまう。おいしいものを一緒に食べに行こうよ。
ずうっとそうできるわけじゃない。限られた時間しか生きられないのが私たち生命あるものの定め。
だからこそよ。今をだいじにしてよ。あなたにはやめて欲しいよ。




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ともだち

「ともだちが、よく来るよねえ」

と熊本のともだちによく言われます。
そうかなあ~。そんなにしょっちゅうじゃないよ、と答えるけど、
お友達が遠いところからへんぴな場所にある我が家にわざわざ来てくれるのは、
最高のプレゼントです。

ありがたくてうれしくて、くーちゃんなみにわんわんわんわん!
いっしょにいる時間が楽しくてうれしくて、帰る時間が近づくと、いやだ、帰らないでずっといて! 言葉に出さないけど、子どものようにずんずん暗くなってしまいます。


今回来てくれたのは
20代の初めに出会い、週に何度も飲みにいったり徹夜でチケットぴあに並んだり小劇場の暗がりでひざをくっつけるようにして芝居を見ていた若き日にがっつりと仲がよかった女子たち二名。

熊本の我が家に来てくれるのは初めてです。

「えみちゃんから結婚するって聞いたときは、農家なんて大丈夫なのか! ぜったい無理だろお~って思ったよね」

えー、そお? 

「東京とかニューヨークとか都会と都会的なものが好きなんだと思ってたし。自然とかってぜんぜん似合わなーい」

そ、そうなんだ。

「だっていっつも家にいないし~~、いっつもヒラヒラヒラヒラあっちこっちいってたでしょお。えみちゃん、東京にいないよ、ってしょっちゅうだったもーん」

いわれてみれば、そうだったかもね。


数えてみたらあっというまに30年超えてしまったけれど、
父親が泣いてとめるのも聞かずに、東京に移住してすぐの頃から、
いつも心配しながら見守ってくれていた母親目線の友人たち。


うんと年長者からされるみたいに心配される自分の立ちイチは、
今から思うとなんて幸せモノだったのかと思いますが、そういうのが理解できない私は、
「どうしてそんなふうに思うかなあ、大丈夫よ」と口うるさい母親に反抗する女子高校生のようでありました。


「えみちゃんは自分のことをふつうだと思っているようだけど、ぜんぜんふつうじゃないから。
私たちのほうが変わってると思ってるよね。違うんだよ。変わってるのは、こっちじゃなくて、そっち」


「そういうことばかり言われてますよ。この性格で事故事件にあわずここまでこれてるんだから、よほど運がいいんだとか、守護神さまだったか何神さまだかにものすごく守られているからだ、とかよく仕事してたカメラマンから真顔で言われたし」


「あのころのえみちゃん、みーんなの懐にきゅうって入っていってた。えみちゃんは覚えてなくても、相手は今でもえみちゃんのこと覚えてると思うよ。ふつうはこれだけ無防備にひとの懐にはいっていくと、大怪我したりするんだから。警戒心というものがなさすぎ」


「そうなのかなあ。この人おもしろいって思ったら、話しかけるだけよ。
話して相手がうんとおもしろい人だったら、飲みにいきましょう、と言ったりするからイロコイか?って誤解されたことも数知れずあるけど今も基本かわってないなあ。そういうことは普通じゃないんですよ、って最近も言われたけど。
基本にあるのは好奇心だけなんだわ。相手が偉いヒトとかガイジンとか男か女か関係なくて。
うちにくるか、といわれて、つついていったこと何回かあるけど、困ったことになったことないし」


わたしにとってのおもしろいって、変わり者、へんくつ、純粋に(儲けに関係なく)何かを追求している人であることが多いけど、それはあとでわかることで、私が話しかけたホームレスみたいに見えた外見のひとが実は日本でも一冊まるごと特集が組まれるようなアーチストだったとか(アトリエに招待されてやっと知った)、知る人ぞ知る異端の医者だった(私は知らなかったが友人たちが知っていた)とか、よくあるんです。
じまんぽいから人に言ったことないけど。


「初めて会ったその日に結婚を決めるなんて、だよ。あなたはパッションのヒトだから、そういうのわかるけど、わけるけどさあ、ネットで出会ったんだから慎重に、●●(べつの友人)みたいに何年か時間かけてって思わないのかなあって」


「でもねえ最初のコンタクトでわかるんだよ。私だけじゃないと思うけどさ。わかってることがわかってない時代が長かったけど、もう、自分がわかってることがわかってるから」


誰の懐にも入っていくわけじゃないんです。
誰もが公開してはばからず覆いもなく開陳してくれている本質に、耳をすませてます。


本質とは、年をとっても、どんなに時代が変わっても、変わらないもの。
付き合い期間ゼロでも、人となりについて知らないことだらけでも、
その情報があると不安になれませんでした。

だから3回目に会ったとき「もう入籍してもいいんじゃない」と彼にいわれ、「それもそうね」と入籍した早業を、「バンジージャンプみたいな結婚」と誰かにいわれたけど、ほんとはそうじゃないのでした。


「結婚相手を選ぶときに私にとって必要な情報って何なのか、最後までわからなかったよ。ネットで探すには条件が必要だからね。あえていえば人にぶつかったときに思わずチッて舌打ちする人なのか、ごめんなさい、ってすぐ口に出る人なのか、ってとこは重要だと思ってたけど、それを条件にして探すの無理だもんね。人が見てないときに出てくるものだから」


だけどわたしの方法だとそういうことが、わかってるかわかってないか本人にわからないうちにわかるんですね。



「やさしいご主人さまでよかったね」



「ほんとにね。でも、こんなに優しい男と結婚しているなんて最近まで知らなかったよ」


渓流が脇を流れる森の中の道を歩いているとき、ともだちにいいました。


「わたし、かれと結婚できたことは奇跡だと思ってるの」



うん。ほんとうに。奇跡。


それと。
言わなかったけど。
30年以上前に、東京に行ってすぐの頃に彼らに出会えたこと、
危険なことや悲しい目にあわないように昔も今も心配してくれるやさしい彼らに出会えたことも、奇跡。



「えみちゃんがしあわせでいるのを見れてよかったよ」



といい残して帰っていくので泣きそうになりました。




私たち夫婦みたいな味がする、といわれたブドウ、まだご注文いただけます。
いまだとミックスに「瀬戸ジャイアンツ」か「シャインマスカット」入ってる可能性大。
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無農薬ぶどうのジュース

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「ワケアリぶどう」は少々お待ちいただきますが、
「自然派のぶどう」はそれほど時間がかかりません。



週末、また薬の副作用がどかんとやってきて、寝込んでいました。
最初のころは何もなかったけれど、このごろは一ヶ月に一度、こういう日があります。
今回のはいつもよりひどくて、1日寝たきりで脂汗が滝のよう。
飲み物食べものいりません。薬のむときのお水だけでいいです状態。
ところがその水も飲みにくい。おいしくない。氷水にするとなんとか入るけど氷水が冷たすぎ。


体がきついときでも、うちのブドウだけは食べられる、という経験を何回かしていますが
今回のはヘビーすぎて、ぶどうさえ食べる気になれない。
だけど体が水と栄養を欲しているのはわかるので

ジュース買ってきて・・・

とふだんは飲まないものをおっとに頼みました。
どれくらい久しぶりかわからないくらい久しぶりのオレンジジュース二種類。
飲んだけど。
まずくてびっくり。10ccくらいをやっと飲みこみました。
国民的有名オレンジジュース二種類はこんなにまずかった?

結局飲食できるものはないのか
絶望のふちで飲めないジュースを冷蔵庫にしまうとき、ぶどう色の液体が目に入りました。

ああそういえば、真夜中にうるさいい音をたてて作っていた

おっと作のぶどうジュース。

皮も種もいろんな色のぶどうを一気にブレンダーにかけて、それを漉したもの。
具合わるさ120%で飲むにはきびしい色です。
茶色がかった紫色のふきつなパープルの液体。
まずそう。

グラスに50ccだけいれて飲んでみました。
すっと入った。
あれ?
体に入ったことが信じられなくてもう一回グラスに注いだ。
50ccだけ。
グラスが空になりました。


けっきょく、1リットルくらいのぶどうジュースがその日の摂取食糧のすべてになりました。
おいしいっていうのは舌が言う感想ですが、このジュースの場合、舌は黙ってました。

体にいれた瞬間、さっと細胞にしみわたりあとかたもなく消えていきました。
これがあって本当によかった。
飲むたんびに体が「はあ~たすかった~」と言っているようでした。

具合の悪いときは、うちのぶどうを一粒どうぞ!
ってこの8年(農園にヨメにきてからというもの、っていみ)言ってましたが、
その日を境に意見がもうひとつ加わりました。


最強に具合が悪いときは、うちのぶどうでつくるジュースをどうぞ!

「うちの」といちいちつけるのもわけがあります。
熊本にきてまもない頃体をこわして入院しました(熊本にきてから病気ばかりしてる!)
病院食で出されたピオーネがおいしくなくて食べられなかったのに、おっとが持ってきたうちのぶどうは
すっと体に入っていくので、本当に、激しく、驚きました。

それまでよそのブドウとの違いを知らなかったけど、ぜんぜん違うんだ、とそのとき知りました。
弱ってないときは、何でも大丈夫ですが、体が弱っていると、その違いに体が鋭敏に反応します。


お客様のおたよりをみますと、うちのぶどうをスムージーにする人は多いようです。
スムージーもいいと思いますが(最近やってないので忘れてしまいました)、
ジュースにするとほんとに、
地球の、大地の、自然のしずくをいただいているという気がします。


うちのぶどうは、皮ごと食べられるので、粒で食べるよりも液状にするほうが、より無駄なく食べつくせるといえるでしょうか。


もう今日はすっかり元気ですが、
ぶどうにありがとう、という気持ちでいっぱいです。


そうだ。ぶどうを作ってくれたおっと。ぶどうジュースをつくってくれたおっとにもありがとうでした。


今がぶどうのシーズンでほんとによかった。

もし具合の悪い方がぶどうをご希望でしたら、いうまでもありませんが、どの果物でも、順番を早めることをいつもしていますので、それを書いてご注文ください。




農薬も肥料も散布しないぶどう、栗、米、茶、紅茶などのおもとめは
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抗がん剤でひどい目にあったから、アレは私には無理と決めてる人へ

2013Nov24.jpg
無添加コチュジャンのおいしい季節になってきました。って年中いってるか? 
活きてるコチュジャンは、ラーメンやキムチ鍋などあつあつものもおいしくしてくれる。鋭意販売中




おとといは病院デー。

いつものように診察室で主治医、押川先生に

「どれくらいの(抗がん剤の)量にしますかねえ」

と訊ねられ、

「どーんといっちゃってください」

と言うのは患者である私で、

「いやそれはやめときましょう」

と抑えにかかる先生でありました。

「オキサリプラチン、今やってみたらけっこう効くと思いますけどね」

「なんでしたっけそれ?」

後ろでおっとが笑った。

ん? そうだった! わたしが抗がん剤から逃避行したキツイ薬です。
いや、私にとってキツイだけで、ヒトによってはできる人もいる。

「小量から初めてもいいですしね」

「そ、そうですね。やりますか?」

「やめときましょ」

顔を見て判断されたか。オキサリプラチンから、再避難。

今やってる薬は、最初なんと「4分の1からならできますか?」と訊ねていただき、
「それだったらできるかも」
とようやく、怖い怖い抗がん剤に再チャレンジすべく、押川先生の病院に足を運べました。

実際は「4分の1まで減らさなくていいですね」と私の顔とカルテをみて判断されて
「2分の1から(一部の薬のみ・他は百%)スタートできますね」
と言われて、
「う、うん、いいですよ」
と言わされました。

でもそれで、正解。以降、副作用の様子を見ながら微調整しています。
腫瘍マーカーが3ヶ月で93%減少しました。
これが直接腫瘍の大きさを示すわけではないし、薬の効果が続くのも限界があるので、ヨロコビすぎないように主治医に釘を刺されています。


とはいいますものの、
この話をまた書いたのは、

最初の抗がん剤経験がきつすぎて、二度とやらない、と思う人が多いのを聞くたびに、
他の病院にいく選択肢を思えなかったのが残念に思うから。

さくらももこさんも、抗がん剤治療が耐えられず、病院外の治療に頼ったということを、週刊誌の見出しでみました。
さくらさんの記事が真実かどうかはわかりません。
そういう記事が出ることが、本当にかわいそうだと思います。


病院にいったからって、必ず治るわけではないです。
でも、可能性の扉が一枚開きます。
可能性の扉の向こうの道がどうなるかは、あけてみないとわかりません。

代替療法と同時にやっていても、デメリットがないものがほとんどですが、代替療法が抗がん剤を効かなくするものもあります。

病院治療を受けることで不利益をこうむるという考えは、その信念をもつ方には絶対の真実に聞こえるようですが、
又聞きではわかりません。

最新の情報をもっている医師と向き合って話を聞いて、もう一度自分で考えて決めてもいいかもしれません。


手術を受けたらダメとか、抗がん剤治療をすると死ぬとき苦しむとか、
おうおうにして誤解です。
痛みを代替療法で取れるなんてネットにあふれている誤情報は、経験してないからいえるだけです。


病院によって、医師によって、考え方がさまざまあるから、もしかして一度病院にいってみたら
道が開けるかもしれないですよ。


または、私のように、医師とメッセンジャーでメールのやりとりをさせていただくうちに、
もう一回、病院に頼ろう、という気持ちにさせてもらえるかもしれない。
早い治療ほど、よくなる可能性が高くなるそうですよ。


どの病院がいいかは、わからないのですが、
押川先生に聞いても、その情報がないとおっしゃるのですが、
以下の病院にまず、かけこんでみてはどうでしょうか。
駆け込む前に、メール等での問い合わせに応じてくださる先生も多い昨今ですので。


以下は掲載にあたり、先生陣の了承を得ていません。
「病院でひどいめにあった」という病院嫌いがもう一度たずねてみるによい先生であるかと思われる個人的推薦のお医者様です。

どの先生も、ブログやyou tubeや、 facebookなどでご意見を発信されているので参考にしてください。


●宮崎善仁会病院腫瘍内科医 押川勝太郎先生

●日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科 .勝俣範之先生

●松戸市総合医療センター化学療法内科部長 五月女隆先生

●東北労災病院 がんセンター長(腫瘍内科部長) 丹田滋先生

●早期緩和ケア大津秀一クリニック 大津秀一先生


★在米だから受診はできませんがたいへん参考になるブログを発信していらっしゃる先生のブログ
患者の経験談を使った嘘について





農薬・肥料散布無しのぶどうはまだまだ畑にたっぷり。
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がんの自然寛解

kurotama[1]
「黒麹」の製造販売、ひさしぶりに再開しました。ピーマンが主原料のふしぎな調味料。どうぞお試しください。


病院の治療を一切受けないのに、がんを自然に治してしまう人たちがいます。

どのようなメカニズムでそれが起こるのか調べている研究者もいるそうですが、結論は出ていません。

がん患者の憧れです。誰でもできるわけじゃないけど、できる人がいるのは確か。

困るのはただいまのところ、治療をしないせいで病状が悪化する人のほうが、自然にがんが治る人より多いこと。
痛みや苦痛がない時期に「治療をしない」と思い切ることは簡単ですが、
早く治療していればここまで大変なことにならなかったのに・・・という結果を迎えるほうが多いことです。

最初から病院の治療を受けている患者群のほうが、
自然寛解をめざして悪くさせてから病院治療を受ける患者群よりも、
生存率が圧倒的に高い、という信頼できるエビデンスもあります。

彦根市立病院緩和ケア科部長 黒丸尊治先生の講演を
ウエブサイト「ガンの辞典」が書き起こしてくださったものを読みました。
どういうときに自然寛解が起こるのかを考えるにあたって、とても参考になります。

そこにはこんな例が紹介されていました。

肝臓がんの70代男性。CTで肝臓に3cmのガンが見つかりました。
手術で十分治る見込みの高い状態です。
男性は医師に「手術をしなかったら何年くらい生きられるか」と問い、
「3年くらい」と言われます。「あと3年生きられるなら、それでいいです」と手術をしないことを選びました。

3年後。その病院の緩和ケア外来にその男性がやってきました。
検査すると、腫瘍マーカーの値は6000だったのがなんと600に。CTを撮ると3cmの腫瘍が大きくなっていない。
「もしかしたら、このまま良くなって、がんが消えちゃうかもしれないですよ」と医者が話すと、
「私は3年の命と告げられたから、この3年間世界20数ヶ国を巡って、やりたいことはやり尽くした。あとは逝くだけ。良くなってもらったら困るんだ」
というようなことを言い、やはり今度も治療を受けず、帰っていったたそうです。

それから1年経たないくらいの頃に、「先生、もうダメだと思います」と本人から病院に電話が。
検査すると、黄疸が出ており、マーカーは45000。腫瘍の大きさは倍以上になっており、男性はその一ヵ月後に亡くなりました。

無治療でも腫瘍が大きくならず、腫瘍マーカーが9割もへったのだから、3年と言われたことも忘れてしまって、病院にいかなければ男性は完治していたかもしれません。

男性のがんを治した(悪化させなかった)3年間は、どんなものだったのでしょう。
もはや知ることはできないけれど、興味深いです。
自然寛解のキモとしてよく言われることですが、病気になるまでの考え方や生き方を全面的に変えられたらがんは自然に治ると主張する人は多いです。
自分がどんな考え方をしているかを把握し、その逆の考え方や行動をする療法も。
これまでの自分の考え方や行動様式が招いたがんだから、その逆のことをすれば治るというわけです。
理にかなっているけれど、いずれにしてもエビデンスはありません。

旅をしてがんを治した人の話は何回か見聞きしました。
旅というのはたいていの人にとって非日常ですから、自然に日常と違う行動ができる。つまり旅の間は、生き方も変わる。
一時通っていた漢方医からも「ラスベガスに遊びにいって帰ってきたらがんがなくなっていた人がおったよ」と聞きました。

肝臓がんの男性は旅先で、これまでの人生でやったことのないお金の使い方をしたのかもしれません。
3年で使いきっていい、自分には備えるべき老後がないのだから、となれば大胆になれるというもの。
ふだんしないことにも思い切ってお金を使い、行動の幅を広げたのかもしれません。

独身だったかもしれないけど、
家族にがんのことを告げず、退職金をすべて使ってひとり旅に出ていたりして。
まじめなお父さんが最後にやった不良老人な行動・・・とか。いろいろ想像してしまう。
憧れていたことを実際やってみたらつまんなかった、というのもあったでしょうね。
知らなかった自分と日々出会うのは、さぞおもしろかったことでしょう。


私がこれまでの自分と真逆な行動をするとどういうことをする人になるのかな。
治療としての人格改造に夫と取り組んだ時期がありました。
おっとが私に言ったのは、「人のことはどうでもいいと思う人になれ」でした。
わたしは「いい人すぎる」といわれたのでした。
そういうふうに私のことを思っている人が多いとはとても思えませんが、
少なくともおっとは私のことを「いい人すぎる」と思っていることがそこでわかりました。

おっとの命令に従おうとしたけど、「逆にストレスになる」とギブアップしました。
「人が喜ぶことを自分にできるなら、それをしたい」と考えるのは、自分の自然だと思うのだけど、
そういうのを自然だと思っていることが自分を偽っていることだという人もいます。
がんになる人はたいていそういうことを考えている、という説もあります。

これまでの自分を変えるには、旅がいい、というセツにしたがって旅をするのはどうか?

自然寛解を狙ったわけではなく、私が昔から憧れながら行っていないセドナに行こうとおっとが言ってくれたので、
昨年暮れにアメリカ西部をキャンピングカーで二週間周る旅をおっととしました。

アメリカで外食するととんでもなく高いので、ほとんどの食事は自炊しました。
自炊すると、非日常感がかなりなくなる。
車窓の景色は変わるけど、あまり非日常じゃなかった。

じつはおっとには黙っていたけど、相当具合が悪い時期にすでに入ってました。
帰国してから「じつは・・・」と自分の状況を話したら、
「きみは勇気がある」とおっとにいわれたくらい、悪かったのです。

でも、セドナに滞在した時期だけは体調が絶好調。
毎日続いていた悪い状態がその時期だけ消え、とっても元気でした。
ガンが治った人がいると聞いたラスベガスにも立ち寄りましたが、大胆な賭けをしてゴージャスに遊ぶ、というような非日常をすることは思いつかなかったから、ラスベガス効果は全然なかったです。

セドナにいる間は病気のことをすっかり忘れて、毎日野山を3時間以上歩いていたし、普通だったらとても無理と思うような高所によじ登り、はだしになって真冬の渓流を渡ったりしました。
セドナという土地が病を癒す力を持っていたのかもしれないと今になって思います。当時は、そんなことを考えそうになると、まさかねーと打ち消していました。

セドナに対する期待がもたらしたプラセボ効果、というのはあたりません。
だって期待値低かったから。
「思ったほどじゃなかった」という感想を土産に帰ることになるんじゃないかと思いながら行きました。
私の場合は、セドナに住んだらがんが治るかもですね。

だったら考え方を変えて、日常をセドナで暮らしていると思うのはどうだ?
セドナと同じくらいパワーのある場所の多い南九州に住んでいるのだから
ある意味セドナ旅行の続きが日常といえる? 無理?
セドナでも、話しかけておもしろい人だとわかったら、おうちに押しかけさせてもらったり、
日本でもやってることをしていました。

気がつけば、最近はそういう行動を控えています。
人生は取材だ、という感覚が強くて、隣に立っている人がおもしろいと思ったら、
なんの躊躇もなく話しかけ、家におしかけ、強引に友達になってしまうヒトだったけど、
最近のわたしときたら、そういうことからとんと遠ざかり、自分を「病人」という鋳型におしこんでいる。

そんな反省がそうさせた、というわけではないですが、
基本、毎日早寝早起き、禁酒なのに、昨日は友人たちを集めて酒をたくさん飲み、午前3時までおしゃべりしていました。
病人だからこうしなくちゃ、という規制をはずしてみたけど、翌日からだが不調、ということはありません。

じつはその二日前から不調で、朝、主治医に相談のメールをしていました。
私が心配したのは、抗がん剤の効果が薄れてきているのでは、ということ。

主治医から
「抗がん剤が効かなくなったという印象はないですね。(中略)
あまり悲観的にならなくてもよいでしょう。人と会っていると痛みを感じにくくなります」

具合が悪いけど、今日ともだちをたくさんおうちに招いてしまって、だいじょうぶ?という不安感はいただいたメールで吹き飛びました。なんて単純なのでしょうね。

不調のおかげで(?)料理のほとんどをオットがつくりました。

●サーモンと鶏モモ肉と卵の燻製(大評判でした!)
●砂肝のコンフィ
●オイルサーディン
●イカのお刺身
●イカをつめものして丸焼き
●ポテトグラタン
●自然農の玄米ごはんで高菜漬けを巻いたおにぎり

友人たちはおいしいお酒をたくさんと、お菓子やパンやお花や
感動的においしいローケーキ(ローフードのローですね)を作ってもってきてくれました。

その日のために、熊本にきてから最も高額なワインを買いました。
熊本に来る前はワインに相当お金を使いましたが、こちらではそういうお金の使い方をしたことがなかった。
いつもの自分じゃないこと(!)をしました。

公共の交通手段がほとんど機能していない土地なので人を招くのは相手に迷惑をかけることになるのかな、と思わずにいられないのですが、もっとこういうことしたいと思いました。

人に迷惑をかけるのかな、と行動を規制することは私がよくすることですが、それを突破することを目標にします。
私に迷惑かけられそうなみなさま、私にも迷惑をかけてくださいね。
めいわくかけあう社会はすてきです。




黒麹もコチュジャンもぶどうも栗もおいしいですよ♪
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