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「おかーさん、それは頭わるいんじゃないの」

いきなりなタイトルですが、先日母にこういうことを言ったというおはなしです。

実家に帰った日は福岡の中央区を都会ならではの寄り道をたのしみながら歩き、
翌日は実家ちかくで住宅街ならではの寄り道をたのしみながら歩き、最後によったケーキ屋さんでは思いがけず親切なサービスもしていただき・・・。

この二日間は今年最も長く歩いたうえ、連日おいしいものを食べた幸せもプラスされて、幸せが身からあふれてこぼれて困るくらいでした。

とそこへ母(81歳)が、

「あーたのしかったね。やっぱり歩くのはいいね」と言ったので

「うんそーね。毎日歩けばいいよね」と言いましたら

「うーーん、あんたとしゃべりながら歩くならどんだけ歩いても疲れんけどひとりで歩いてもつまらんもーん」

というのでした。

え? つまらん? そんなこという?

わたしの説教スイッチがしずかにオンされました。


「ちょっと、おかあさん。つまらんてことはないでしょう。つまらんってことは。

お母さんが昨日3時間歩いて、今日も2時間近く歩けるって、これがどれだけ恵まれているかわかる?
世の中には30分でも、いや10分でもいいから外を歩きたいと思いながら寝たきりの人がどれだけおるか。
お母さんはただ運がいいだけで、今日歩くことができたんだから。それはものすごくありがたいことなんだから」

「そうねえ。そういうふうに思ったほうがいいんやろうねえ」

は?
私の説教スイッチ、パワー強へ!


「思ったほうがいいって、それはつまり思ってないってことよね?
思ってないっていうか、わかってないってことよね?
それはお母さん、めちゃ頭悪いんじゃないの?

●●さん(83歳)は朝の散歩してただけで近所の犬にとびかかられて腰から転んで、以降の人生、ずーっと腰が痛くて長く歩けなくて、犬と犬の飼い主をうらんでるんだから。
お母さんがそんな目にあわなかったのは、運がよかっただけよ。

バスに乗ってただけで、窓から火炎瓶放り込まれて死んでしまう人とか、
隣近所にヘンタイが住んでいただけで切り殺された人とか、
運ひとつでどんなことも起こるのに、お母さんは自分がひとりで歩けること、1時間でも2時間でもお散歩できることがどれだけ恵まれているかわかってないってこと?

がんになるのは天からやりが降って来た場所に、たまたまそこにいたからあたってしまったようなものだ、という人がいるけどね、わたしはたまたまそこを歩いていた人だからね。

ちょっとのずれで人生にはなんだって起こるのに、今日お母さんが元気なのは、誰かがお母さんを守ってくれてるからなのに、ものすごくありがたいことなのに、それをまあ、なんと、お母さんは、ありがたいと思ったほうがいいんやろうねえと言うわけ?
それってお母さんはものすごくバカってことじゃないの?」

ちょっとだけ黙っていた母が言いました。

「坂道をねえ、このあいだ自転車のブレーキがこわれてそのままいって、壁にぶつかって止まったのに怪我ひとつせんかった・・・」

「ほら。そういうことの繰り返しでお母さんの今日はあるわけよ。天神まで歩いてデパ地下でアイスクリーム食べて帰ってこれるわけよ。自分がどれだけありがたいものをいっぱいもらってるか。わかる?」

「わかりました」

「わかった? ほんとに? お母さんは恵まれてるんだからね」

「そうかねえ・・・・恵まれとるとは思ったことないけど」

「まだ言うか。・・・・だいたいねえ、わたしのお父さんはガミガミうるさい面倒なお父さんだけど、あなたのお父さんは穏やかでみんなに好かれるいいお父さんだったでしょうが。それだけで人生がどれだけ違うか」

「それはそうね」

そこで納得するな!


がんになると幸せになる、とは多くの人が言うところですが、こういうことなんだと思います。
とくに私の場合は、すんごくつらい時期を経由して、今日こんなふうにQOL(生活の質)高く暮らせているので、散歩するのも掃除するのもおっとの横に座ってテレビを見られることも、

うおおお、しあわせだあああああ

と思ったりしてます。
べつにつらい時期が過去のものになったわけではなく、いつそれがまたやってくるか、明日の保障はない世界です。
それは病気をもっていようがいまいが、誰でも同じはずなのですが、わたしの場合は保障なき世界で事なきを得ているしあわせに敏感、いえ過敏になっておりますゆえ、1日の終わりに日記をつけるとき、ありがたさに打ちのめされることがあります。


がん患者でしあわせを感じている人って多いのですが、嘘でも無理してるのでもなくこういうこと。
人のことは知らないですが。



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