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セドナに行きたかったわけ

二週間もお休みをいただいて、しごとの大波が押し寄せてるのに、
書きたがりの大波も押し寄せていて困ります

昨日友人と話しながら、ああそうだなと思ったこと書いておきまする

セドナにものすごく行きたかったのは30年前、
20年前にも行きたい時期があり、
その両方ともいけなかった。セドナまでたった2時間のフェニックスまで行ったにもかかわらず。

今回は、そういう時期に比べたら、ぜんぜん、熱い思いなどなかったのです。
たまたま、町の図書館にセドナの写真集があったので借りてきて、居間においておいた。
きれいだったので、飾ったりなんかして。そしたら、オットから

「セドナにいきたいの?」という問いかけがあり、「うん」と答えたら
知らないあいだに、エアチケットやキャンピングカーの調査が終了。
「買うけどいい?」
というところにきてました

(すごいですね。おっと。いつもこんな風ですよ)

そこまできても、ものすごく行きたいというわけではなく、
「私は昔どうしてあんなにセドナに行きたかったんだろ。覚えてないんだよね」
とかヒトに言っているしまつ。

結果としてガイドブック等の本は一冊も買わず、借りることもなく(近所の図書館にないんだもん)
ネットで調べようとすればあまりに数があるので、ほとんど読んでない、
という状態で出発日を迎えました

二週間、旅程を空白にして旅立ったので、
セドナが想像より気にいらないとなれば、さっさと次の町に出かけるのもアリで、というプラン。


そんな私たちがセドナの町にはいり、イチバン最初に向かったのは、
べルロックというセドナに4つあるボルテックスのひとつ。

私は何一つ調べてないのに、夫がひとつだけコピーして持ってきていた「ボルテックス」について書かれた英文の本のコピー(PDFでネットにあった)に、そこがいちばんエネルギーが強いと書かれていたので、じゃ、最初にいくか、と行ったのです。


そしたらば
岩に向かっていくほどに頭が痛いという状態が強くなり(水晶の大きいのがあると頭痛がするたち)
岩のふもとから上に向かってゆっくりと歩いていくと、気持ちよいのでした
山があるとつい登りたくなるので習性として上に向かってしまうけれど、
もうそこにいるだけで十分。動く必要などない。ふと
動かないといけない、と思う自分の勤勉さに気がついて
じっと壁に背中をあずけていましたら。。。。そこでもうひとつ大事なことに気づいてしまった。

長い時間をかけて準備をして、慣れないアメリカの道路を慣れない巨大なキャンピングカーを運転して、私をここまで連れてくることに、精神と肉体を全部傾けてくれたんだ、このオットは!

その思いがどかーーんとやってきて、もうその瞬間ぶわーーーっと大泣きしてました。
周囲にヒトがいるのに恥ずかしいという気持ちもなく、だって止まらないんだもん、なのでした。

私はこのひととくるために、これまでセドナにこれなかったんだ! でした。

考えてみれば10年前もどこかにいこうと行く先を探したときにセドナが浮上したけど
「最近のセドナはお金もちのリゾートになって、高級化と陳腐化がすごい。滞在費もバカ高い」
とかひねくれ者の友人に聞かされたりして、いくのをやめたんでした。

セドナに行くのをやめるたびに、セドナへの興味が薄れてきて
ほんとうに今回は、なんでセドナに行くのか、とヒトに聞かれはしなかったけど、もし聞かれたら、返事にこまったはず。

結果としてセドナには6日滞在しました。
どこのヴォルテックスもよかったけど、ベルロックがいちばん好きだったです。

別の日には、ベルロックのてっぺんまで岩をよじのぼりました。
翌日には太ももが痛くなるほど無理をして。

巨大岩に、両手両足で張り付いて、重力の逆方向に、足を持ち上げるなんて
もう何十年もしてないことを、よくやったもんだと思います。
靴より素足のほうが吸盤の役を果たすから安全だと私が主張し、オットは反対したけど、靴と靴下を預かってくれて、
素足で登りました。

「もうここまででいい」と泣きそうな顔をしてオットが止める一幕もありましたが
私はどうしても登りたかったのでした。

怖いとおびえる気持ちはある。
でも、ここが高所だと思うから、おびえが生じるだけで、あと一歩分だけ進もう、と思えば、遊園地の岩に登るのとたいした違いはないのです。それに気がついたら、まっさかさまに落ちるなんて、ありえない、と登る速度がどんどん早くなり、
オットもあきらめて私に黙ってついてきました

やっぱり、無理ね。ここまでね。

と思った箇所もあったけど、向きを変えたり、登るルートをみつけようと、しばらく頭をひやすためにぼんやりしたりすると、
簡単にのぼれる方向が見えてくる。
ほーらね!
と、最後はじつに簡単にらくらくと、頂上に到着。

うれしかった~~~

セドナのいいところはベルロックだけじゃないですが、ベルロックは特に、他のどことも違いました。
マチュピチュに仕事でいったことがあるのですが、それが土地のもつ強いエネルギーを感知した最初の経験でした。

ベルロックのそれはもっと圧倒的に強かったです。
頭が痛いというのも慣れてしまえば消えてゆき、
目をつぶったり足をくんだりしなくても瞑想状態にかんたんに入れることに気づきました。
そういうのをどう表現するのか知りませんですが、
空気と自分の境がなくなるひとときがありました。
オットと来るのではなく、ひとりで来ていたら、ここから離れがたくなってしまって、逆に困っただろうと思いました。


じつは旅の数日前から急に体調が悪くなって(自覚症状ではげんきだけど、現象として不調が出て)
おっとがついに「全部キャンセルする?」と聞いた日がありました
セドナについてからその症状が日ましに消えてゆきまして。
セドナにぎりぎりまでずっと滞在するか、せっかくだから、すぐ近くのグランドキャニオンに足を伸ばすか、迷いました。
結局動くことを選んだわけですが。

グランドキャニオンもよかった。写真や映像で、みたことあるある、と確認するだけになるんじゃないか
と思ったけどそんなんじゃないですね。
数億年分の地層を一望するとだれでも謙虚になってしまうんじゃないでしょうか。
生命のなりたちに思いが向かいます。

谷底の川沿いで太古の昔、インディアンたちが、綿やとうもろこしやかぼちゃや豆を栽培していたと案内板に書いてありました。
彼らがこの谷底でこの谷以外のどこも知らないで生涯を暮らしたとして、
彼らのもっている知恵と私の知恵は、どちらが深かっただろうなんて考えるまでもありません。

自分の脚が踏むところを見る。暮らす。キョロキョロしない。自分に与えられたものを受け取りつくす。
それはどこに暮らそうができること。
また書くかもですが、旅のおかげで、畑に縛り付けられる暮らしが私に与えられてよかったという思いも持ちました。


セドナに行くためにいっぱい画策してがんばらなくてよかった。
やりたかったことができないときは、ガッカリしたり何かをうらんだりするものだけど、
できないときは、できなくていいときだった、てこともあるですよね。きっと。



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