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老親ががんになったとき

わがやの老母たちは、そろってがん。

母Aさんは、78歳で肺がんがごく初期でわかり、切除手術。
母Bさんは、70歳で大腸がんがわかり、切除手術。肺にカゲあり。

両母とも、50年前からオーガニックな食生活が好きな、健康生活マニアです。
がんは、多くの場合、老化を原因にしているというのが二人を見るとよくわかります。


母Aさんは、再発しても治療しないことを早くに決めて、検査にも行っていません。

「あと3年も生きれば十分っていつもおもっとるから、がんができてもかまわん」

とのこと。

母Bさんは、8ヶ月前に肺に小さな、がんらしきカゲがあることがわかりました。
検査結果を伝えた医師は、

「今なら簡単な手術でとれるから、手術をすすめます」とのこと。

83歳で外科手術する?
驚いているのは私だけでした。

20年前ならありえなかったでしょうが、
今は90歳超えていても積極治療をしたいと思う人はいるそうですから、
「お年ですから、治療はしなくてもいいんでは?」と、医師から言うことはめったにないそう。

「とにかく、経過をみて、それから決めましょう」

黙っていると手術の日程が決められてしまいそうなのを、ぐいっと方向転換させ、
とりあえず検査を重ねるだけで、いまにいたっています。

もし私たちが、「医者がいうことはすべて正しい」と考える家族であれば、
とっくに母Bさんの手術はすんでいるでしょう。ウチは、それ無理でしたが。


それでも、前回のCT検査まではサイズの変化はありませんでした。
心配しなくてもいいように私は感じるけど、
体の中に余計なものがある、という感覚は、気持ちよいものではないようで、

「どうしようかねえ」と母Bさんから、ときどき相談されます。
「どうしましょうねえ」というしかないです。

「医者が、手術しましょうというと、手術するのが当然だと受け取る年代なんだよ」
とうちのおっとがいうように、一度は勧められた手術を本当はしたいのかな。

でもねえ。


切ったキズがどんどん治っていく高い免疫力を備えている若い世代ならともかく、
83歳(現在84歳)。

いったん病室で生活しはじめたら最後、
気持ちが弱ってしまい、ベッドにひきこもりになり、歩くこともままならなくなるかもしれないし、
ちょっとした免疫の衰えで、感染症にかかり、一週間で死んでしまった私の叔父のようなヒトもいる。

手術は、今でこそありふれて、お手軽なイメージだけれども、
全身麻酔をかけるのも、肉を切るのも、各種の強い抗生剤を使うのも、本当はたいへんなこと。

どれもおだやかに暮らしている老母のくらしに、激しいダメージをもたらす可能性を含んでいます。

治療が、どんな激しい変化を体と暮らしと心にもたらすかは、やってみるまでわかりません。

「今は検査機械がすすんでいるから、小さながんもみつけてくれるけど、
昔だったら母Bさんは、元気で病気しらずのおばあさんですむんですよね。
それでも、一回病院にはいったら、病人になってしまいますよね」


「あたしは、入院だけはしたくないとよ」

「そうですよね。それはわかります」


母Bさんは、最近、抗がん剤の投与でみるみる元気になった私をみて、
「抗がん剤をやってみるのはどうかな」
と考え始めました。
84歳といえど、基本的に前向きで、意欲にあふれている女性なんです。


確かに、私の主治医に一緒にみてもらえば、母Bさんにあった投与をしていただき、
ほどのよい治療ができる可能性がある(必要がない可能性のほうが大いにある)。

「それはいいかもしれませんね」
と思わず言ってしまいましたが、まてよ。ほんとにいいのか? そうかな。

「母Bさん、薬も手術とおなじで、やってみないとどういう結果にでるかがわからないんですよね。
いま、せっかく元気で、痛みもないし、外で仕事したりできるのに、
薬のんだら、だるくなって、お外に出るのがいやになって、
ゆっくりと弱っていくかもしれないですよ。
そのときは、わからないけど、あとになって、
薬をせんばよかったね、ということがあるかもしれない、というのがありますよ」

「あら、それやったら、なんもせんもほうがよかね」

「でも、それはやってみないとわからないし、薬の結果は人によって違うから。

はっきりしているのは、お医者さんにどうしましょうか、と聞いたら
手術する先生も薬をくれる先生も、治療したほうがいい、といいます。
決めるのは母Bさんです」

「どうしようかねえ」

「母Aさんが検査しないのは、迷わされるのがいやだからなのもあるようです。
誰だってその場に立ってみないと、自分の気持ちといえど、わからんですもんね」

母Bさんは、しばらく黙ってわたしの顔をみていましたが、


「じゃあ、病気のことを忘れるのがいちばんよかね」

「忘れますか?」

「そのほうがよかごたる」

「ですよ。忘れるのがいいですよ。検査の被爆でがんになることもあります」

「これ、どうしよう(病院の予約カード)。これがあったら気になるとよ」

「私がもってましょうか?」

「そうして、そうして」

満面の笑顔で元気にいう母Bさんをみていると、
結局私が誘導してしまったかしらん、とか、微妙なものがありますけれど、
やはり今日の元気を捨ててまで、明日の元気の可能性にかける理由はわからないですね。

「今食欲はあるし、筋肉つける運動を毎日しよるからね。
今日はちょっときついなあと思っても、ちょっとだけでもしようって、やるから」

「母Bさん、すごいです」

「わたしは、死ぬ直前まで元気でおりたいから」

「できますよ。外に出て仕事してるから筋肉つくし、筋肉つけると骨密度も増えるし。
私より母Bさんが元気だ」


がんを治療するかどうか、年齢で上限を決めていいのではないかの議論があるようです。
70歳以上の人が日本のがん患者のほとんどで、
高齢者を治療するための莫大ながん医療費を、健康保険の形で国が払っているから。

もう年なんだからいいでしょう?

といわれる時代は目の前かもしれません。






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