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抗がん剤の副作用とのおつきあい☆

薬のせいだと思いますが、この一週間、毎晩夢が濃かった。

ある夜の夢は、

見知らぬ男性(60代くらい)から、「ミニコミ誌をつくりたい」ともちかけられました。
それもタブロイド版で、宅配で。
こんなかんじ、と彼が見本を見せている。
「こんなにページがあるんですか?」と私がいうと、
「いや、もうすこし増やしてもいいんだけど」
「そんなの時代にあわないし、誰も読まないですよ」
男性はおもしろい記事がいっぱいのっていれば、読む! と私を説得しようとしている。
そんなの無理だし、と頭の中で思いながら、男性に資金が潤沢にあることがわかり、
ミニコミ誌という言葉自体何十年も聞いてないよ、と思いつつもおもしろくなってきて、
頭に浮かんだ編集企画をその場で次々と彼に伝えはじめる。
彼は目の色を変えて食いついてくる。
企画の内容は全く覚えてないけど、自分の話している企画のおもしろさに
夢を見ている自分が大興奮していました。


という夢のまっさいちゅうに、オットに起こされました。

「だいじょうぶ?」

病気になってからオットと寝室をわけました。
トイレが頻繁だったりするので、彼の睡眠を阻害して仕事に支障をきたすのはよくないと思いまして。

楽しい企画に興奮している夢の中の私とはうらはらに、
現実の私は、もう何時間も、おなかが痛くて痛くてずっとうなっていました。
うなり声を聞いて、彼が二階から降りてきたんだとすると、
隣の、義母の寝ている部屋にも声が届いた? という懸念がまず頭に浮かんだこと。
(大丈夫だったみたい)

抗がん剤治療を始めて3ヶ月たちましたが、
副作用がほとんどないのに、腫瘍が縮小していて、ラッキー☆
なんてはしゃいでいたら、急転直下の副作用攻撃がやってきたのがその5日くらい前からでした。

痛み止めに飲んでいる麻薬があるのですが、何を飲もうが全然効きません。
食べられないし、寝たり起きたりで、外にも出ていませんでした。

夢を見ていたときは、その痛みが最高度になっていたときで、
うなっていた声が二階の彼にまで届いたのか、と驚いたけど、それよりもっと驚いたのは、
かれがそうやって部屋に入ってきて、私の枕元で心配そうな顔を見せたら
途切れなく続いていた痛みが、すぱっと和らいだこと。

「今なんじ?」
「4時」
「あ、じゃあ薬のめる。もってきてくれる?」


痛み止めの薬はのべつまくなし飲むことはできず、一定の時間をあけないといけません。
痛み止めが切れるまでは痛まず、切れると痛みだす、を繰り返していました。
私は薬が飲める時間をずっと待っていたのです。

そして彼が部屋を出て行ったとたん
痛み再開。

う? なにこれ、偶然?
彼がすぐに戻ってくればいいのに、戻ってこないものだから、
「はやくうう、なにしてんのよお」
とドアあけて呼びました。

そして彼が「トイレいってた」といいながら、薬を手に部屋に戻ってきたら
即座に、痛みがまた和らいだのです。

これは偶然じゃないなと思いましたが
それをクチにする余裕がありません。とにかくいたいんだ。

薬をのんで、水を飲んで、ちょっと落ち着きました。かれが心配そうに見ています。
私は無言で水の入ったグラスを手にもち、少しでも楽になれる体勢をさがしながら座っていました。

「なにかオレにできることある?」
おっとが私の手をとりながら聞きました。
「そこにいるだけでいい」

まるでラブロマンスなせりふですが、痛み止めとしてそこから動くな、という意味でして。

薬が効いてきて、やっと少し眠れたのは朝の6時を過ぎてから。

「あなたがいると痛みが減る。まだ一緒にいてくれる?」

またもやラブロマンスなせりふですが、そろそろ畑に出ないといけない時間なんです。
だけど、もうちょっと痛み止めには一緒にいてもらいたくて・・・・・・。


痛みはこのときがピークで、こうやってブログ書いたりもできるようになりました。
痛みを抑える麻薬の量を大幅に増やしたせい、
自分で痛みのコントロールがある程度できるようになったおかげにすぎませんが。


抗がん剤の副作用は、いろんなものがありまして、何百種類もの可能性があるそうです。
私が処方されている薬が引き起こすかもしれない、いちばん怖いヤツは小腸が破れるってやつです。
書くのも怖いです。
同じ薬を処方されて、吐き気や下痢で苦しんでいる人もいるそうですがそれはない。
痛いだけ。
薬とおっとの存在で抑えられるレベルの私の副作用なんて、楽もいいとこです。

前も書きましたが十年前にわたしの薬は死者続出で「悪魔の薬」と週刊誌に書かれたそうです。
副作用を抑える薬がその後開発され、認可されたおかげで、私は
モリナガのクッキーを食べながらPCに向かっていたりできてるわけです。

でも、術後にうけた術後補完療法としての抗がん剤は、しんどかった。
生きているのをやめたくなりました。
あれを一週間でギブアップしなかったら再発しなかったのかなあ、と考えることもありますが、
大学病院の外科医からおざなりに処方されていたあの抗がん剤治療で、
続けるのは無理だったですねえ。
同じことでも、今の主治医にやってもらえていたら続けられたと思います。


処方の仕方を微調整してくれる、という技術的な意味だけでなく、
主治医から電話やメールをもらったり、入院時に部屋にきてもらったりすると、
具合がすぱっとよくなることが何度かありました。

お友達からのメールや電話で痛みがなくなることもあるし、
じつは私の場合、こういう推敲もろくにしない、適当な文章を書き飛ばしていると、痛いのが消えることも。
このごろブログの更新が多いのは、書いていると痛みを感じないことが多いと気づいたから。
ソファに座って本読んでるだけだとそれがどんなにおもしろい本でも痛くなるのにな。


気分で消える副作用なら、イタタタタといいながら外に遊びにいくほうがいいのかもしれない。
今日もBBQに誘われて、行きたいと行けないのハザマにいましたが、
イタタタタといいながら出て行くには、あと一歩勇気がでなかった。今後の課題です。





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